60歳になったら半狩猟採集農耕半Xってのはどうだ

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農作業と言えば長袖長ズボン農家のオバチャン帽子に
顔手ぬぐいです。ワンピースとエプロンなんてあり得ません(偏見)。



半農半Xってしばらく前に話題になっていたでしょう。
わたくしこれについてかなり否定的な気持ちを抱いておりました。

当時わたくしは大地を守る会で働いておりまして、
有機農業の畑を増やすことを自分の使命だと考えておりました。

当時の仕事は情報制作でしたが、わたくしの発信する情報によって
消費者会員が増えて野菜が売れる→契約農家の作付けが増える
→取り引き農家も増える→有機農業の畑が増える
→環境負荷が減って虫や小動物喜ぶ→なんかわかんないけどみんなハッピー、
なんて思っていたわけです。

そういう勝手な使命に燃えまくって仕事をしていたせいか、
同僚や部下、さらに取り引き農家からも「コワイ」と言われ、
「夜叉」とかあだなされたのかもしれません。いやはや、反省しています。

わたくしが会社をやめてしばらくして会ったほとんどの人が
「なんか顔が穏やかになったね」と言いました。
オニのような形相で仕事していたのか自分、と今さら反省しています。

ともかく、そのような使命に燃えまくっていたせいか、
移住して半分農業やって自給自足生活ナチュラルでステキみたいなのが
自分はいいかもしれないけど日本の農業の役には全く立たない! 
なんていう、非常に狭量な考えで半農半Xを否定しておりました。

「なんかスローライフしたい」くらいの感じで移住して当初は喜ばれたけど、
畑を草ぼうぼうにして近所の人とうまくいかずに撤退してしまい
これが原因でまじめに農業しようとして来た移住者が入りづらくなったりとか、
孤立したままそこに居続けやっぱり移住者が入りづらくなったとか
そういうウワサを聞くにつけますます否定的な気持ちは募っていきました。

半農半Xの人とは、コットンリネンのほわっとしたワンピースを来て
なぜか頭にターバンを巻いて化粧っ気がないすっぴんの女の人で、
パンとか焼いてナチュラルライフわーステキみたいな感じ(想像)ですが、
そんなカッコで農作業したら泥だらけになるしそもそもその長靴機能的にどうなの、
ターバンよりも日焼け防止は顔手ぬぐいと農家のオバチャン帽子でしょう! 
とか非常に狭量な感じの毒を吐いていた記憶がありますのですが、
その偏見力に現在のわたくしが驚いております。

しかししかし。人は老いるものです。

老いてなお怒り続ける人もいらっしゃるでしょうが、わたくし的には
「多様性のひとつ」と考えれば好き嫌いはともかく、許せない的な事象は
このところバンバン減り続けておりまして、半農半X別にいいじゃん、
自給自足も別にいいじゃん、などという境地に達することができました。

さて、猪瀬直樹氏がまだ東京都知事になる前、何かのインタビューで
「能力のある人は50歳で独立。その後20年その仕事を継続する。
50でやめれば後進のジャマをすることもなくていい」と言っていました。

なにしろヒトの能力が衰えるのは75歳以降です。
70までは働きたいではありませんか。
しかし50歳で独立できる能力のある人は限られそうです。

そこで農業というお仕事について考えてみます。

現役を引退したおじいさまやおばあさましかできない作業が
農業には存在します。

ばあさまはゴマの選果とか豆の収穫、じいさまは草取りとか木の誘引など、
バリバリやってる人にはできないけどしなくてはならない小さな作業を
息子世代に言われるまでもなくみなさん粛々とやっています。
年を取ったらする作業というのが決まっているのかもしれません。

農業とはいくつになってもできる仕事がある職業であります。
働く=誰かの役に立っていると実感も得ることができます。
日々体を動かす必要がありますから健康維持にも役立ちます。

つーことは、定年で退職して農業に新規参入っていいんじゃないの?
なんちてしばらく前から考えているわけです。

もちろん儲かってる大規模産地に素人が入る農地なんてありませんし、
ベンツと同じ値段する機械が必要な米とかに参入するのはムリですが、
耕作放棄地が増え続けている中山間地などに入るのは可能かもしれません。

自分の食べる分だけ耕作すればヒトの迷惑にはならないかもしれないし、
作り過ぎて直売所で売るとか小さな欲が出ればさらに長生きしそうです。

ということで我が身の来し方を振り返ってみて、そう言えば24歳くらいのころ
いつか自分のお家の前に5畝くらいの畑を持って野菜を栽培し、
庭にはりんごやゆずなどの果樹を植え、鶏とヤギを飼って自給自足して
自分のつくった野菜とヤギ乳のチーズでカレー屋さんをする、
なんていう激甘な夢を見ていたことを思い出しました。

大人になったわたくしはヤギ乳は飲めないしヤギ肉もキライなので
とくにヤギはいなくてもいいかもしれません。その代わり、と言ってはアレですが
わたくしは現在狩猟免許を持っており散弾銃も持っております。
そして今年、全日本ジビエ協会では特許出願中に画期的な罠を売り出します。

つーことで、半狩猟(鳥)採集(野草・きのこ)耕作(野菜・果樹)で自給自足し、
半X(あと6年でベストセラー書くとかジビエ協会の罠の行商するとか)で
もしかして60過ぎたら半狩猟採集農耕半Xでイケるのではないか!
なんてゆー妄想がどんどんふくらんでいる昨今のわたくしであります。

そしてそうなった場合のわたくしの衣装は
コットンリネンのワンピースと白髪かくしのターバンにすべきか、
迷彩柄のつなぎに目が潰れるほど鮮やかなオレンジ色の猟友会ベストにすべきか
どちらがステキに見えるでしょうかみなさま。

やっぱ猟友会ベストかな。目立つし。

そんなことを妄想し始めるとウキウキして夜も眠れませんよ。
あと6年、なんか東京でなくても日銭を稼げる仕事を見つけよう。


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新年に思う、某D社とOisixの経営統合の件

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

年末に某D社とOisixの経営統合というすごいニュースが入ってきましたが、
よく考えてみたら自分的にはスゴイけど、世の中の人の多数には
そうでもないかもしれないなと思ったりする今日このごろですが、
みなさま、新年はどのようにお過ごしでしょうか。

あ、ちなみに某D社とはわたくしが18年ほど勤めておりました
(株)大地を守る会のことで、今年の秋にはこの社名はなくなるらしいです。
聞き及んだところでは、Oisixの社員の方は社名がなくなると聞き、
涙を流した方もいたとか。ううううう、なんてステキなんだ。

大地を守る会の社員にはおそらくそういう人はいなかったでしょう。
なぜなら入社して少しすると「宗教か!」とかお友だちに言われたりして、
大地を守る会って名前、ヤダなーと思う人が多いからです。

Oisixの社員の方は自社の(社名の)ことを愛しているのだなと
しみじみ感じ入ってしまいましたよ。

さて、Oisixの社長・高島さんという方をわたくしはよく知らないが、
2009年に行われたグリーンエキスポで講演を聞いたことがある。

いくつか感銘を受けた内容は以下のようなものであった。

1.Oisixは消費者が楽しい食卓を演出するためにある
2.生産者を評価するしくみを持っている
3.WEBのTOP画面には個人ごとに出て来る商品を変えている

まず1でわたくしは長年Oisixを誤解していたことに気がついた。

大地を守る会は生産者と非常に緊密なやり取りをしていて、
週に一度は絶対に電話するし、何かあればすぐ行く(当時は)。
農家の親子関係とか知らなくてもいいことまで知っていたりして
他社にはできない生産者との関係性を持っている会社だ。

こういう関係性に裏打ちされた生産者情報は大地を守る会のキモだが、
情報媒体は当時主に紙しかなかったため、出せる情報には限りがあった。
紙媒体は原稿締め切り→印刷という流れを踏むため、
情報を出すのに最短で1週間かかる。また限られた紙面には文字制限もある。

わたくしが産地担当をしていた当時、担当産地の数カ所がOisixと取引していたが、
2002年頃、大雨だか台風の被害が出たとき、わたくしは紙とWEBの違いを痛感した。
産地の状況を聞いても消費者にリアルタイムで伝えるすべがないわたくしは
Oisixのサイトでその生産者の被害状況がUPされているのを発見した。

「やられたー」と思ったのと同時に非常にうらやましくなった。
ああ、WEBという媒体のメリットってこういうことなんだ、と思った。

紙媒体ではないから文字数に制限なく情報は出し放題である。
そして、その情報の内容は愛にあふれていた。
あとで産地担当が書くのだと聞き、さもありなんと思った。

大地を守る会の一番いいところであるはずの情報を
Oisixが自由自在に扱っているのをまざまざと見せつけられ
大地を守る会のいいところを全部持っていかれたような気がした。

しかし生産者情報をバンバン出すから生産者のことを考えている、わけではなく
複数の生産者から「Oisixって大地みたいな作付契約はないのよね」とか
「急に今年はいらないって言われたのよね」とか聞いていた。

そういうのってどうなのか、それでいいのか!!! 
有機農業運動にどっぷり首まで浸かっていたわたくしは
Oisix許せん! と思った。

そして、大地を守る会を辞め高島さんの講演を聞いた2009年に、
その理由及び妥当性がわかった。わたくしはOisixを誤解していただけであった。

WEBに生産者情報を出すのは生産者のためではなく消費者のためである。
生産者情報がふんだんに出る=生産者のことを考えている、と
大地イズムでわたくしは勝手に勘違いしていたのだった。

何もかも「消費者の楽しい食卓のため」と考えると
すべてのことに筋が通っていた(2009年時点。その後はよく知らないの)。
それは2の「生産者評価のしくみ」にも通ずる。

「オレのトマトは世界一おいしくてよう!!」と自慢するトマト農家に
「他の人のトマトを食べたことあるか?」と聞くとだいたい「ない」と言う。
世界一おいしい(自称)トマトは基本的においしくないことが多いが、
そう指摘しても「おまえにわかるか」とかで聞く耳を持たない生産者は多い。

食味の評価は数値化がむずかしく客観的な評価がしづらいものだが、
Oisixでは「消費者の投票」という非常にわかりやすい評価軸を設定し、
さらに上位の人々を年に一度表彰するというイベントも行っていた。

上位生産者には翌年の作付が優先されるし、皆の前で表彰されれば
生産者のモチベーションは上がる。「おまえにわかるか」的な文句も出にくい。
「消費者」というツールを使って生産者を客観的に評価するしくみをつくるとは!

すげーなー!!! とわたくしは素直に感動した。

食味も品質も悪い大地を守る会の数名の農家の顔が頭に浮かび、
大地でなぜ思いつかなかったのか!!! と自分の頭のかたさを悔やんだ。
こういうのって簡単そうに見えてなかなかできない。
何もかも新しい考え方のようにわたくしには思えた。

大地を守る会は老舗であるぶん生産者とのつきあいが長く、
生産者に寄り添っているからこそできないことが多い。
しかし今は「有機農業」ではなく「オーガニック」な世の中である。

老舗の流通や生産者はまだ「オーガニック」に乗り切れておらず
有機農業運動的な頭でものごとを考えがちである。
生産者を評価するという一点だけでもじゅうぶんにやりきれてはいない。

それは「生産者に寄り添う流通が評価などもってのほか」的な
深層心理によるものだろう。消費者のメリットには全くならないのだが、
産地に寄り添いすぎてそのような判断ができなくなっているとも言える。

今回の経営統合は、消費者のためだけを考えているOisixと
生産者ありきの大地を守る会という真逆の方向を向いているふたつの流通が
一緒になるという、客観的に見てもどうなっちゃうわけ? 的な
不安をめちゃくちゃかきたてるものでもある。

しかし、設立以来40年有機農業界に君臨してきたのはいいが、
いろいろなところでサビつき、ほころびも見え少し加齢臭がする大地に、
新しく、非常にイキのいいOisixの風がびゅんびゅん吹きこめば、
考え方やしくみが柔らかくなり、刷新されるのではないか。

どちらにもそれぞれにないものがあり、いいところがある。
うまく合体できれば良いものになるはずだ。

さらに、大地を守る会にはOisixが持っていない素晴らしいものがある。
今までじゅうぶんに評価できず活用もできていないが、
「ほんとうにおいしいものをつくる個人農家」である。

消費者会員数の多い大地を守る会ではできなかった、この宝石のような
「おいしいものを作る人たち」限定の野菜やくだもの販売など、
WEBだからこそできるさまざまなことがあるはずだ。
もちろん情報の出し方も同じだ。

わたくしはふたつの真逆の成り立ちを持つ流通が合体して起こる化学反応を
今からとても楽しみにしているのだ。ワクワク。

そして大地を守る会はいいところをきちんと主張してOisixに飲み込まれないよう
社員の人々に今少しがんばってもらいたい気もしております。

あと今までおいしいものを作ってこなかった生産者の人たちは
少し危機感を持ったほうがいいかもしれません。
食味及び品質を、よりシビアに評価されることは間違いないと思う次第です。


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誰も知らないソフトクリームの秘密

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閉店してしまったけど森林ノ牧場ソフトの次においしかったのが
中洞牧場のソフトクリーム。山地酪農のジャージー牛のミルクをつかった
ふんわりやさしい味でした。もう一度食べたいなあ。


某D社時代、わたくしの主な担当産地は関越&中央道沿いにあった。

産地訪問時には中央道は松川ICまで、関越は本庄児玉までの
すべてのPA、SAのソフトクリームを食べ、
ソフトの味にはちょっとうるさいわたくし。

現在はFacebookのソフト部という公開グループの副部長である。

わたくしが生涯で一番おいしいと思ったソフトクリームは
那須にあった森林ノ牧場の森林ノ牧場ソフトである。
震災後、放射能の関係で閉じてしまったが今はどうなってるのかな。

2009年、わたくしは森林ノ牧場に取材に行き、
開発したばかりのソフトクリームを試食させてもらった。

ソフトクリームの主原料は牛乳、生クリーム、脱脂粉乳、砂糖、
増粘多糖類(安定剤)である。

増粘多糖類を入れると粘度が出てソフトクリームになりやすいが、
できるだけ増粘多糖類を少なくしてミルクの風味を殺さないように
しかもふわふわにしたい、と担当者は言っていた。

試作品は、ミルクをふんわりクリームにしたようなやさしい味で、
牛乳と砂糖でつくるとソフトはこんなにおいしいのか!! としみじみ思った。
ではフツーのソフトはどのように作られているのかな?

ということで、ソフトクリームについて調べてみました。

震源ソフトn
2012年に食べた八ヶ岳PAの信玄ソフト。コーヒーフレッシュの味がした。
日世の植物脂肪しか入ってないミックスを使ってたんだろうなと想像。
信玄餅入れちゃうぶん原価が高いからミックスのレベルを下げたのかも。



日本では、アイスクリームの表示は「アイスクリーム類及び
氷菓の表示に関する公正競争規約と公正競争規約施行規則」により
以下のように定められている。

アイスクリーム 乳固形分15.0%以上 うち乳脂肪分8.0%以上のもの
アイスミルク 乳固形分10.0%以上、うち乳脂肪分3.0%以上のもの
ラクトアイス 乳固形分3.0%以上のもの
氷菓 それ以外

コンビニのアイスクリーム売り場で表示を見るとわかりやすいが、
ラクトアイスは安価で、アイスクリームはお高め(ハーゲンダッツとか)
アイスミルクはその間と考えればいいかもしれない。

ソフトクリームはこのうちのどれに分類されるのか。
それには日本のソフトクリーム事情を知る必要がある。

ソフトクリームをつくってくれるソフトクリームメーカー
(フリーザーと呼ばれる)を販売しているメーカーは
日本に数社ある。代表的な会社が日世(NISSEI)である。

日世はフリーザーとともにソフトクリームミックスも販売している。
というか抱き合わせ販売と言ったほうがいいだろう。

ソフトクリーム売りたい! と思ったら日世がすべて準備してくれる。
と言ってもいい。用途に合わせたソフトクリームミックスが準備されていて、
チョコレート、バニラなどのほか巨峰、桃、メロンはもちろん、
河内晩柑、ラ・フランス、佐藤錦、とちおとめなどのご当地ソフトもある。

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ソフト自体はミックスでもトッピングでご当地感を出すのっていいね。
抹茶が山ほどかかっててむせる熊本のご当地ソフト。

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最近あちこちで見かける日世のクレミア。
乳脂肪分12.5%だから相当リッチ。でもエネルギー量は
ラングドシャのコーンを合わせても293kcalだって。
ソフトクリームって意外とカロリー低いのよね。



観光地に行ってご当地ソフトだと思って食べているのは
日世のミックス、ということがほとんどのようだ。

ガガーン。

そういうことを知るとソフトの価値が下がるような気がするが、
別にいいのだ。と思い込もう。雰囲気が大事だからね。

一般的なバニラというか白いソフトクリームミックスにも
価格に応じていろいろな種類が準備されている。

プレミアム商品はアイスクリームだが、なかには乳脂肪分が0%で
植物性脂肪のみのラクトアイスもある。
つまりコーヒーフレッシュの濃いのってことね。

販売者はこのなかから売上を考えミックスを選ぶのだ。

例えばファミリーレストランで食べ放題のソフトはラクトアイスに分類される
おそらく乳脂肪分0で植物性脂肪のみのミックスが使われているのだろう。

プレミアム商品はそれなりの価格で売られているだろうが、
上限でも400円くらいかな。チョープレミアのクレミアは500円だが、
ミックスの原価はどれぐらいなのだろう。30円くらいかなーわからん。

さて、今回ソフトについてあれこれ知ることができたのは、
わたくしのお友だちが現在ソフトの開発を行っているからだ。

このお友だちから根掘り葉掘り聞いたところによると、
日世のフリーザーを使って自家製のオリジナルソフトを作る場合には
オリジナル用の50%ミックスを使わなければならないそうである。

とうふ
谷中で見つけた和栗ソフト。これも日世のミックス使ってるのかしら。
栗の味がほとんどわかんなかったのは香料使ってないってことかも。
ってことはほんとにオリジナルだったのかも。

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わたくしの故郷とっとりの大山みるくの里のソフト。
50%その牧場のミルクが入ってるオリジナルなのではと想像。
酪農地帯のソフトにはそういうのが多そうです。



つまりオリジナル分は半分。これに半分ミックスを合わせるのだが、
それでオリジナルソフトと胸を張っていいのかどうかと彼は悩んでいた。
だよねー。オリジナルにしたいよねー。いい材料使ってさ。

たまにコーンも機械も日世だけど他と味が違うソフトを食べることがあるが、
それはこの半分オリジナルで作られているのだろうと想像するわたくし。

しかし、全てオリジナルでつくることができるフリーザーもある。
カルピジャーニ社ではミックスは販売していなくてレシピを教えてくれる。
しかしその機械は高いため、ほとんどの人が便利な日世を選択するらしい。

カルピジャーニのフリーザーは新丸ビルのゴディバが使っているそうだ。
ソフト部副部長としては食べに行ってみなくてはならない。
ゴディバオリジナルのソフトクリーム。調べてみたら440円である。

つーことで、ソフト部副部長としては、おいしいとかいまいちとか
あれこれ感想をUPしていたが、実はほぼ日世のミックスであり、
とくにオリジナルソフトがあるわけではなかったという事実に
なんというか愕然としてしまっているのだった。

今後のソフト部の活動は「これは日世の生乳エクセレント」とかいう
日世の商品名を当てるものになりそうだが、それはつまらないなあ。
全国オリジナルソフトを探す旅にでも出ようかしら。

なんてことをいろいろ考えてしまう雨の金曜日でした。


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世の中には3種類の人間がいる。捨てる人、捨てられない人、集める人

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わたくしが今まで「ナニカ」に使おうと購入した缶で稼働中なのは
この3つだけです。数限りなく買ったのに3つだけ。あと全部ゴミ(泣)。
ちなみにクッキーの缶=イベントのお金入れ、ミルキー=筆箱、
ビスコ=移動中の地震の際の保存食入れ(ビスコが入っております)。



箱を捨てられない人がいる。

わたくしの元同僚は出張土産の箱を後生大事に大量に保管しており
「書類を分類するのに重宝するんだよねー」と言っていた。

そのうち箱を保管していたキャビネットに箱が溢れかえり、
書類を片付けるはずの箱が書類整理の邪魔になった。これを本末転倒という。
ある日彼女は癇癪を起こしてほとんどの箱を捨ててしまった。

しかし全部は捨てなかった。使えるものがあるかもしれないからだ。
そして数ヶ月後、再び箱がキャビネットに(以下同文)。

わたくしの母は買いもの時にもらえる紙袋を捨てずに保管していた。
押し入れをあけると横に積み上げた袋がドッサーーーーッと落ちてくる。
毎回毎回落ちてくるから保存方法を工夫するなり何なりできないのか!
と思っていたが、やはりある日癇癪を起こしてほとんど捨ててしまった。

これも全部ではない。いつか使う(つもりだ)からである。
使うか使わないかわからないけど捨てられないのだ。
わたくしの場合は缶を捨てられない。

捨てられないだけでなく、かわいい缶を見つけると買ってしまう。
缶は便利なものでイベント時のお金や文房具を入れたりできる。
携帯用の裁縫道具なんか入れてもかわいいなとか思ってしまう。
ふだん裁縫道具などは絶対に持ち歩かないにも関わらず、である。

一度成城石井で象の形の缶に入っている紅茶を見つけて、
「これはステキな何かに使えるはずだ!!!」と思って購入したが、
実際には入るものは何もなかった。

よく考えてみるとほとんどの缶にぴったりあう「いつか入れる何か」は
常にないのだった。そして気がついた。
わたくしはせっせと「いつか使うはず」のゴミをためていることに。

箱や袋や缶を捨てられないのは「いつか使う気がするから」である。
しかし「いつか使うこと」や「いつか使う日」が来ることはそんなに多くない。
つまり、ほとんどのものが「ゴミ」になるのだった。

つーことで、フツーの人は「捨てる人」と「捨てられない人」を行き来しながら
収納スペースを広げたり狭めたりとゆらぎながら暮らしている。

しかし最初から全くゆらがない人たちがいる。
それが「集める人」だ。

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わたくしの家にも「集める人」が一人生息しております。
ウルトラマン・怪獣・ゴジラ・鉄人28号などが家のそこここにいます。
そして彼の部屋の壁、というか床その他は一面CD・DVDでいっぱいで、
地震が来たらCDに埋もれて死ぬよね状態ですが、
それはある意味「集める人」にとっては本望かもしれません。



「集める人」は意識して特定の何かを収集しているため、
基本的に捨てるという概念がない。捨てるなんて考えられない。
自分が集めたものはすべてステキな宝物である。誰がなんと言おうと。

わたくしの周辺にいた「集める人」は(主に某D社界隈)、
フィギュア、カメラ、LP・CD(特定のアーティストのみ)、本などを
ひたすら集めていた。集めたものを見て楽しむとかではなく
部屋に突っ込んでおいて全然見ないし触りもしない、という強者もいた。

こういう人は「持っていることがうれしい」タイプで
「集める人」のなかに一定の割合いるが常人にその感覚は全く理解できない。

結婚していて夫婦二人とも「集める人」ならいいのだが、
だいたいは夫婦のうちのどちらかは「集めない人」のことが多い。
集めない人にとって、家の中に価値のわからないものがどんどん増えていき、
ただでさえ狭い家がさらに狭くなる恐怖は計り知れない。

いいかげんにしないと全部捨てるぞ!!!! と心の底から思っているが
ふだんは笑ってることを「集める人」は知っておいたほうがいいだろう。

ということで、あなたはどのタイプですか?
以下のご質問に◯か×でお答えください。

・コンビニでもらう割り箸を捨てられない
・納豆や豆腐についている小さなタレや醤油のパックも捨てられない
・スプーンやフォークをもらったら自分の家にあるものを使って保管する
・紙袋はとりあえず押し入れにしまいこむ
・っつーか包装紙も箱も後生大事に取っている
・スーパーで「お箸いりますか?」と言われると必要なくても一応もらう
・ここ1週間、上記のもろもろの「保管しているもの」を一度も使わなかった
・ことがわかっていても整理できない
・でもきっといつか何かに使えるはずだ、と自分に言い訳している
・そういう自分がイヤになって数ヶ月に一度全部捨てようと思うが、
 なんとなく少しだけ残してしまう

◯がひとつでもあればあなたは捨てられない人です。
そして以下のご質問はどうでしょうか。◯か×でお答えください。

・海洋堂がどんな会社で何をしているか知っている
・グリコの食玩を大人買いしたことがある
・好きなものにはどんなにお金使っても平気だ
・自分の部屋に自分のコレクションを全部飾るのが夢だ
・CDやDVDはものすごーく丁寧に取り扱いラベルも汚さないよう気をつけている
・幼いころソフビの人形、ミニカー、仮面ライダーカードを集めていた
・[ペプシスターウォーズボトルキャップ]を集めようと一瞬思ったことがある
・何かを集め始めるとすべて収集しないと気が済まない
・コンプリートしたコレクションをヤフオクに出して大儲け!!
 とか思っているがもったいなくて一度も出したことがない
・自分が死んだらコレクションをお墓に全部入れて欲しいとちらっと思うことがある

◯がひとつでもあったらあなたは「集める人」です。

ふたつとも数が多ければ多いほど重症です。
ご家族と仲良くお過ごしください。


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絶滅危惧種・スターキングにまつわるお話

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りんごらしい赤と形のスターキングは、イラストで書かれるりんごに似ている。
白雪姫が食べたりんごはスターキングだったのではなかろうか。


わたくしが担当していた山形県のりんご農家の畑に一本だけ、
というかふじか何かの枝の一本だけに、スターキングがなっている。

スターキング。すげーなつかしいでしょう?

わたくしが中学生のころ、りんごといえばスターキングだった。
真っ赤な色が美しい、りんごらしい形をしたりんごだ。
りんごらしい形というのは絵に書かれるりんごと同じ形という意味である。

中学の頃、スターキングにいちごジャムをつけて食べるのが好き、
だったことを昨日思い出したが、なぜそんなことをしていたのかは謎だ。

部活が終わっておなかペコペコで家に帰りコンバトラーVを見ながら
スライスしたスターキングにいちごジャムを乗せて食べていたのだ。
大変とても懐かしい思い出だが、トマトに砂糖をかけて
食べてたことを思い出したときのようにちょっと恥ずかしい。

当時鳥取県で売られているりんごはほとんどボケていた(らしい)が、
わたくしは知るよしもなかった。

ボケるってのはりんごがふかふかして柔らかくなってしまうという意味で
現在でもりんごを常温で保存するとパリッとした歯ごたえがなくなり
ふかっと柔らかくなってしまう。だからりんごは冷蔵庫で、
一個ずつラップでぴっちりくるんで保存しなくてはならない。

昭和の時代は物流事情もりんごの保存状況も悪く、特に西日本では
ほぼボケりんごが売られていたらしい。ことはりんごの担当になって知った。

「西日本の(しかも陸の孤島・鳥取の)ヤツがりんごの味わかるわけないじゃん。
生まれてからずーーっとボケりんご食べてんだから!」と東京生まれの同僚に言われ、
くそう! と思ったが、わたくしは確かにボケりんごしか食べたことがなく
りんごの食感の微妙さについて、当時は非常に鈍かったと思う。

しかし精進したおかげで今ではりんごの食感には非常にうるさくなった。
氏より育ちだよね!!と思ったりする、っていうかこの使用法間違ってる?

この「ボケりんごしか食べたことがないんだから!!!」というのは、
後日、親戚のおばちゃんに友人のりんご農家がつくった
めっちゃおいしいりんごを送ったときに証明された。

「ほんたべちゃん。このりんごはとてもおいしいけど、硬いね」と
おばちゃんは言った。えーと。そうですか。
収穫したばかりでバリバリと音がしそうなりんごだったが、
硬いと言われればそうかもしれないなあ。

でもさあ、それがりんごなのよ、おばちゃん。

と、わたくしは言いたかったが
「常温に置いとけばボケ、、、じゃなくて柔らかくなると思うよ」と
りんご農家が聞いたら卒倒しそうなアドバイスをしてしまった。

教訓・ボケたりんごしか食べたことのない人は
自分がボケりんごを食べていることを知らない。


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5年くらい前の本田達義さん、クニヨさんご夫妻。
クニヨさんの嫁入りのときに植えたふじの前身「東北7号」が、
まだ残ってるというから驚き。本田さんの畑の大きなりんごの木の
一本の枝だけに、いまだにスターキングがなっております。



さて昨日、上述の山形県のりんご農家、本田達義さんから
待ちに待ったスターキングが送られてきたのだひゃっほう!!!
夏に伺ったときにお会いして、スター食べたいなと言ってみたら
1ケース送ってやっから! と約束してくださったのだ。

ウキウキしながら箱のフタを開けると、懐かしい色と形のりんご、
スターキングが「ほっとくとどんどんどんどんボケるわよ!!!」
りんごらしい甘い香りを放ちながら叫んでいた。

速攻で冷蔵庫に入れたが冷蔵保存しても1週間くらいでボケるだろう。
スターキングはそういうりんごだからである。

さて、わたくしが大人になり「りんごの品種」を意識したころには
スターキングは市場から姿を消していた。
スターキングはほとんどのりんご畑から消えた絶滅危惧種でもある。

スターキングの例に漏れず、りんごの品種の変遷はわりあいと激しく、
人知れず絶滅、というか市場から駆逐された品種は非常に多い。
作りにくいもの、市場性のないもの(売れないもの)は
農家も作りたがらないから、そういうりんごは店頭から姿を消す。

紅玉のように絶滅危惧種から奇跡の復活を果たすりんごもあるが、
そういうものはまれで、たいがいはそのまま姿を見なくなることが多い。

青森のりんご農家のところに印度(インドともいうけど)があるのを見つけ
「今年で切っちゃうから」というので1ケース送ってもらったが、
モッサリモサモサした食感はとてもりんごとは思えなかった。

当時55歳位だった上司が「印度ってすげーうまいりんごだと思ってたけど、
こんなんだったっけ」と悲しそうな顔してため息混じりに言っていたが、
それはつまり現在のりんごがべらぼうにおいしくなっている、
ということでもある。

わたくしたちは今、世界一おいしいりんごを食べているのだ。

日本のりんごは糖度が高く、上から下までまっかで、大きい。
それはそうなるよう農家が死ぬほど手間暇をかけているからだ。
世界のスタンダードは、酸っぱくて赤くなくて小さいりんごである。

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本田さんちのりんごの木。今ではこのような大きな木でりんごを作ってる人は少なく、
省力化のため、矮性台を使った小さな木で作っている。しかしやはり
大きな木でつくったりんごはおいしい。環境の影響を受けにくいことや、
この大きな木でないとほんとうの味が出ない、という人もいる。



日本のスーパーで世界のスタンダードのりんごを並べたら
誰も買わないだろう。日本人は甘くて大きいりんごが好きなのだ。
しかも赤いりんごはまんべんなく隙なく絶対に赤くなくてはならない。

ということで、現在の絶滅危惧種の代表的なものが「北斗」「千秋」で、
どちらもとてもおいしいのだが、シンカビ病という病気が入りやすく、
収穫間際に肩が割れるとか、落っこちるとかいう性質がありつくりにくい。

切ってみないとわからないシンカビは、市場に嫌われる原因である。
だってお客さんが怒るでしょう。半分に切ったらタネのところに
カビが生えてんだもん。取れば問題ないが消費者はそうは思わないのだ。

「おいしいのになー」と残念に思うが、商品としてむずかしいのであれば
新しい、より良い品種に変更するのは当然である。
昨今は甘くておいしくて魅力的な品種がずいぶん増えているからだ。

かくしてスターキングも国光も印度もゴールデンデリシャスも
店頭からもりんご畑からも消えていったのだった。

というような歴史に思いを馳せながらスターキングを食べたら、
全然ボケてなくて爪で果実を弾いてもコンコンと高い音がするのに、
食感はもっさりもふもふの「あーこれよく食べたよね」って食感であった。

もさもさと食べながら思わずふふふふと笑ってしまったのは、
頭の中に「ブイ! ブイ! ブイ!! ビクトリー!!!」という
コンバトラーVのテーマが流れたからではなく、中学のときの冬の空気や
実家の台所、階段に寝そべっていた猫など、もろもろの思い出が蘇ったからだ。

スターキングはわたくしの中学の思い出にかたく結びついていたのだった。
なんてことを今まで知らなかった。スターキング、奥が深いぜ。

今日はいちごジャムをのっけて食べてみようかな。
鳥取の湿った冬の空気のにおいや当時住んでいた家の自分の部屋、
友だちの顔が、もっとよく思い出せるかもしれない。
わたくしの通った中学も住んでいた家も、今はもうないのだから。


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もしあなたが無人島に本を一冊持っていけるとしたら。

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前々回ご紹介した佐藤善博さんの巨峰が届きました。
すげーおいしいです! マイクル・コナリーの『転落の街』上下巻を読みながら
ひと房一気食いしました。巨峰の果汁がついて本がヘロヘロになったけど
文庫本だからいいや。どうせ自分しか読まないし。



『華氏451度』って小説があるでしょう。
レイ・ブラッドベリが1954年に書いた「本が禁じられた世界」の物語。

わたくしは本よりも先にフランソワ・トリュフォー監督の映画を見たのだが、
大量の本が燃やされるところと(本が発火する温度が華氏451度らしい)、
ラストシーンで主人公が一冊の本になるところしか覚えていない。

物語の世界では本を持っていることが罪になるので、
本を愛する人々は自分が愛している本を一冊選び、
それを丸暗記して、自分がその本になる。
その人が死ぬときは、誰かに口伝で伝える。
その人が代わりにその本になる。

人々は名前ではなく本のタイトルで呼ばれていた気がするが、
娘のころに見たきりなので気のせいかもしれない。

映画を見たとき、そんなに愛せる本に出会えるだろうかとわたくしは思った。

わたくしは当時太宰治にかなり入れ込んでいて太宰治を愛していたが、
自分が太宰治の本になるところは全く想像できなかった。
なぜだろう。オバサンになったらキライになるとわかっていたのかもしれない。

今は太宰治は全く読む気がしない。持っていた文庫本は全部捨ててしまった。
先日またメソメソした文章が出てきて、もっと読む気がなくなったのは
作品ではなく「人」としてどうかとか評価しちゃってるからだ。
愛しすぎてそうなってしまったのかもしれない。

それはともかく。

一冊だけ。
自分にとってものすごく大切な本があるとしたらなんだろう?

わたくしはこの考えにずいぶん長いこと取り憑かれていて、
最近ようやく「この2冊しかない!!!」というしぼりこみに成功した。
どちらも出会ったのは数十年前で、今も大切に本棚にしまってある。
その本のタイトルは以下である。

1.『香水』パトリック・ジュースキント著・文藝春秋刊

現在は文庫で出ているもよう。

『香水』は海外では有名な小説だが、日本ではイマイチだった。
しかしダスティン・ホフマンとか007のQ、ベン・ウィショーが出た
『パフューム』という悲しい映画を知ってる人はいるのでは。いないかな。

小説の、大切ではあるがちょっと冗長な部分を整理した映画版は、
なーるほどーこういう解釈ができるのか! 気づかんかったーと感心した。

何よりもわたくしの愛する故・アラン・リックマンさまが
『パフューム』に出ていたのだ。わたくしは小躍りして初日に行ったが、
客はほとんど入ってなかったがそれはまあいいか。

『香水』はわたくしの香りに対する考え方を変えた小説である。

『香水』前のわたくしと『香水』後のわたくしは明らかに変わり、
本棚にアロマセラピー、香り、嗅覚等の本が並ぶきっかけになった。
それが現在の共生微生物や皮膚常在菌への興味につながっている。

だからと言ってパトリック・ジュースキントの書くものが好きで
次々に買ったかというとそんなことはないのが不思議だ。
このあたりが、旧・太宰治や現・マイクル・コナリーみたいな
「作者が好きだから書くもの全部好きっ!!!」ってのとは違うのだ。

本を愛するってのはそういうことなのかもしれない。

2.『美食術』ジェフリー・スタインガーデン著 文藝春秋刊

現在は『すべてを食べ尽くした男』(文春文庫)で売られている。
ヴォーグに連載していたコラムを書籍にしたものなのだが、とにかくおもしろい。

ちなみにジェフリー・スタインガーデンはアメリカ版「料理の鉄人」の
審査員になっていたらしい。経歴を見たらエライ人である。

『美食術』には、フライドポテトが一番おいしいファストフード店はどこかとか、
油脂は何(昔ながらの馬の脂で揚げるため馬の脂を探すところから始まる)
で揚げるとおいしいのかとか、売ってるケチャップを全部食べてみたり
キャンベルのスープ缶の裏にかかれているレシピを全部作ったり、
どのエスプレッソマシンが一番おいしいエスプレッソを入れられるか実験したり
(ちなみにネスプレッソはカプセル内のコーヒーのg数が少ないという評価)、
食べものに関するさまざまな冒険がユーモアあふれる文章で綴られている。

そしてこの本もわたくしに大きな影響を与えた。
今の自分があるのはこの本のおかげだ。

何度読んでもちっとも飽きないし毎回笑える文章がすばらしく、
こんな文章を書きたい!! と、わたくしは思った。
そういう意味でも影響を受けているはずだ。

どちらの本も全く飽きず、読むたびに愛は深まりどんどん好きになる。
「愛すべき本」というのは、きっといつ読んでも発見があるのだ。

わたくしは老眼になってから本に対する愛情が急激に薄れ、
ここ数年、読まない本は全部整理して捨ててしまった。
とは言っても本棚には好きな本がまだまだ大量に詰まっている。

そのなかで、ほんとうに好きな本は? と言われたら、
わたくしは上記の2冊を迷わず挙げる。それ以外には考えられない。
わたくしは娘のころそんなことが可能だろうかと訝しんでいた
「自分がなってもいい本」に出会えたのだ。

なんというしあわせ、ではありませんか?

しかしわたくしは2冊のうちどちらかは選べないので、
誰かに「無人島に1冊だけ本を持っていくとしたら」と尋ねられたら
「おやつは持っていかないから2冊にして」と答えるつもりだ。

本のない世の中なんて、つまらない。
愛せる本に出会えてますかしら? みなさま。


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プロフィール

ほんたべ

Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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