森のそばに住んでいる魔女が作るジャムの話

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ジャムのなかでも桃のジャムってのはなにか特別な食べものって気がする。
生で食べてもおいしいのに、それがジャムになってるなんて! ってな感じ?
ともあれ、魔女の作る桃ジャムは、かなーり特別な一品ですよ



20代のころ、ずっと思い描いていた夢があった。
某D社に入社したのは、実はこの夢を実現するのが目的であった。

入社したら仕事が楽しくなってたちまち忘れ、
飲んだくれて腹周りの脂肪とともにいろんな知恵がつき
そんな夢があったことすら忘れていた。

小さな森の近くに家を建て、5畝くらいの小さな畑で
自分の食べるものを作り、畑の周りにりんごと梅と杏とゆずの樹を植え、
鶏と山羊を飼って暮らすという、ふわふわした夢。

山羊乳が飲めないことがわかったから山羊は飼わないとか
杏とゆずは同じ場所で栽培できるのかとか授粉樹がどうとか
米の自給はどうしようとかご近所づきあいとか、
知恵がついてきたらできることできないことがわかってきて、
なんとなくもうふんわりとした夢ではなくなってしまった。

夢は夢だからいいのかもなとか思う大人のわたくしである。

しかしこの暮らしを実践している人がいる。
錦町で桃を栽培している錦自然農園の内布さんちに行って来た。

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普通の鍋じゃなくて熱伝導率の高い銅のお鍋でジャムづくり。
ジャムを作っている間に癒されてるというえみこさん。
やっぱなにかの魔法がかかってるのでは?と思ってしまうなあ。



内布とものりさんとえみこさんご夫婦は、
いちごと桃、ぶどうと柿を低農薬で栽培している。
わたくしのブログでもご紹介している道法正徳さんの切り上げ剪定を
落葉果樹で実践し、無農薬無肥料栽培を目指している。

切り上げ剪定を始めて3年目に入り、桃の樹も味も
以前とは全然違うものになったとえみこさんは言う。
果樹類は何かを始めると、変わるまでに3年かかる。
というか、3年経たないとそれ以前の影響がなくならないと言ってもいい。

桃の味が変わり、畑の様子も変わる、それが実感できるのに3年。
果樹栽培とは気が長くないとできないものなのである。

そしてその実感が得られているのは素晴らしいことなのである。
この後は変わっていくだけだ。変えたことが全部実になる。
この先には楽しみしかないんだろうなと思う。

さて、えみこさんは、商品にならないいちごや桃、
近隣の森で採れたベリーでジャムを作る。
商品にならない柿で酢を作る。味噌や麹も自分で作る。
それらは時折えみこさんが主に書いているブログで紹介されている。

えみこさんが作るジャムの加工場は、とものりさんが自分で建てた。

どころかとものりさんの両親と4人で住んでいる家も自分で建てている。
2階部分はまだ未完成だが、ゆっくりと完成に向かっている。
とくに焦っていないようだ。できるときにやっているのだろう。

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内布ご夫妻。後ろに写っているおうちがとものりさん手づくりの家。
なんだか風がすうすう通る気持ちのよい家でしたよ。

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えみこさんのジャムその他手づくり農産加工品の加工場。
これをサクサク作ってしまうとものりさんがスゴイ。

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ばんごはんにいただいたのは落ち鮎。おなかにパンパンに卵が詰まってます。
東京で買ったらチョー高級品。お客様が来ると言ったら、ご近所の方が
「これ食べたら?」と持ってきてくださったとか。なんと豊かな暮らしなのだ。
鮎だーいすきなわたくしとしては、うらやましい限りでございます。



家のそばには川が流れ、
ただごとならぬ雰囲気を醸し出している森がある。

東北や九州にはそういう森や山がときおりあるけど、
まさにその「なにか」人智の及ばないものがいる森が
彼女に季節ごとの恵みを与えてくれる。

竹の子やその他の山菜、木いちごを採り、隣人からは
鹿やイノシシの肉、川で捕れた魚のおすそわけがある。
「お金にそんなに頓着しなくても、食べるものはたくさんあるから」
えみこさんは笑う。

大雨の後、桃に病気が出てほとんどダメになったり、
予定通りに出荷できなかったり、
果樹を栽培していればいろんなことがある。

でもなんとかなるよねと思えるのは、
日々、自分の周りのものでまかなうことができる暮らし、
必要以上のものを持たなくても、そこにあるもので
じゅうぶんに幸せな暮らしができるからだと思う。

あれー? これ、わたくしの夢だったんじゃないの?

熊本から東京に帰り、お二人をどう紹介しようかなと考えていて、
ふと気づいた。わたくしは全く気づかず、
自分が夢見ていた暮らしを実現している人に会っていたのだった。

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カッテージチーズやクリームチーズとの相性も抜群の桃ジャム。
ふわふわパンじゃちょっと物足りない。やっぱどっしりした全粒粉パンだよね。
桃ジャムのパワーを受け止めて、さらにおいしくしてくれるのは。



「西の魔女が死んだ」という映画がある。

えみこさんは東京で働いている時、
この主人公の祖母に似ていると言われていたそうだ。

今、彼女はその「西の魔女」に似た暮らしをしている。
彼女自身が西の魔女になってしまったかのようだ。

えみこさんの作る桃やきいちごのジャムにはきっと
魔女の魔法がかかっているだろう。

少しパワーが欲しい時、えみこさんのジャムを食べる。

ジャムには森の原始的で濃密な力、えみこさんの周りに集まっている
「なにかいいもの」が詰まっている。からだのなかにそれが入って来る。

食べて元気になるくだもの、手づくりのジャムやお酢。いいなあ。

自然の風ではなく、エアコンの風を全身に受けて
PCの前に座ってバチバチキーボード叩いてる自分としては、
そういうものを作ることができるえみこさんがうらやましいのである。

魔女の作る桃ジャムはこちらから
http://www.fruitshop.jp/SHOP/c-momo.html

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錦自然農園のブログ「おいしい果実ができるまで」
http://nishikifruits.blog16.fc2.com/


追記・オズの国の西の魔女は実は悪い魔女。
あの映画、なぜサチ・パーカーはいい魔女グリンダではなく
西の魔女なのだろうか。ずっと疑問に思っているのだが、
どこを見てもその理由は書いてない。オズは関係ないのかしら。
※桃ジャムなどの写真はえみこさんに提供していただきました。


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「あるがまま」のすもものことを書いてみた

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6月中旬から出荷される大石早生。かわいい色合い。市場では、
店持ちの関係上、早採りして味が乗ってないものが売られております。
ほんとにおいしい大石早生を食べたことのある人は少ないんじゃないかなあ。



「奇跡のりんご」が映画になって現在上映中らしい。感動の嵐らしい。
2006年だったかなあ。NHKの「プロフェッショナル」で紹介されたのは。

プロフェッショナル放映後、某D社の消費者から
「なんで某D社は無農薬りんごがないのですか?」と何度も聞かれた。
「無農薬ではりんごは作れません」わたくしはそう返事をした。

某D社の農家に、無農薬りんごに挑戦した人が2人いた。
2人とも、畑には同じことが起きた。
たぶん誰の畑でも同じことが起きる。我慢できるかどうかだ。

最初の一年目はなんとかできる。でも、
その年の病気や虫を叩けないから、翌年に全部持ち越す。
そして、その年のりんごの実は一個も売り物にならない。

どころか、悪くすると葉も落ちる。

そんなりんごを見てると、2年目も無農薬でやる気にはなれない。
2年目はたぶん、持ち越した病気と虫がりんごをさらに攻撃する。

夏までに葉が落ち、樹は慌てて新芽を出す。
そして秋に花を咲かせたりする。なんてことをしていると
樹の生理が狂い、回復するのに何年もかかる。

2年目に農薬をまいても、りんごの状態が元に戻るのに、
それから3年かかったと、一人の農家は言っていた。

彼は、NHkで木村さんのことを知ったとき、
「俺は辛抱が足りなかったなあ」と言った。
「木村さんみたいに我慢できればできたかもしれないなあ」と。

そんなことができる人はたぶんいない。
だから木村さんがすごいのだとわたくしは思う。

りんごの樹が自力で環境に適応するまでの時間、
ありとあらゆることが起きる。それを木村さんは我慢できた。
これは誰にでもできることではないのだ。

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これがJA規格のもぎ時の色合い。まだ地色が抜けてないから、
も少し黄色いかもね。これを常温に置いておけば真っ赤になるのよね。
いかにもおいしそうに見えるのよね。でもおいしくないのよね。

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大石早生もこんな色になるととびきりおいしくなるもんですが、
お店で買う事ができないってのがすももの宿命。残念なことっす。ほんと。
ぎゅっとしまった果肉と香り。すももってこんなにうまかったっけ?と思う瞬間。



10年以上無肥料無農薬ですももを作っている人を知っている。

ソルダムのふくろみ病対策で、石灰硫黄合剤をまいていたけど、
私が担当になった翌年にまくのをやめた。

その後しばらく、すももにはカイガラムシがついていた。
行くたびに樹がくたびれて、ところどころ折れたり、
枯れてしまったりしていた。肥料をやらないから葉が小さい。

農薬をまかないから葉にぽつぽつと穴があいている。

彼はそのうち剪定もやめた。剪定ってのは樹の枝を切り、
自分の思い通りに枝を茂らせ、いい果実を作るために行う作業だ。
果樹農家の腕の見せ所である。

剪定をすることで、伸びていた枝がなくなった樹は
なくなった枝の分の肥料分をどこかに使う。だから、
「剪定は肥料やってるのと同じ」と彼は言った。

当時のわたくしにはわからなかったが、今はわかる。
剪定は施肥といっしょだ。剪定をやめると、樹は
余計な枝を伸ばすことをしなくなり、落ち着いてくる。

畑に行くと草がぼうぼうで、作業の邪魔だから倒すけど刈り取らない。
草は炭素分を供給するが、大した肥料分にはならない。
畑の中で循環させているだけだ。肥料は全くやっていない。

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何もしないとは言っても売り物ですから、摘果はするのです。
摘果しないとおいしくないから。摘果しないで出荷してる人知ってますが、
それはやっぱり売っちゃダメでしょと思うわけで。趣味ならいいけどね。



炭素分の供給で微生物が増えてるのだろうとは思うが
すももの木はくたくただ。年寄りの樹が時々折れる。

でも、毎年花が咲き、実をならせる。

すももの実はある大きさ以上にはならないから小さくて、
7月下旬以降に熟すすももには虫が入って商品にならない。
それで食べていけるのかなと思うけど、聞かない。

彼には技術がないのではない。

非常に高い技術を持っているのに、それを全く使わず、
樹があるがままでいることをただ見ているだけだ。

ここでこうやるといいだろうなあと思いながら、
そう思う自分がまだまだだなあと思いながら、ただ見ている。

これが「自然農法」である。

木村さんのことを聞くたびに、わたくしは彼のことを思い出す。
無肥料とは、施肥だけでなく、剪定もしないことだ。
無農薬とは、資材を散布しないであるがままを許すことだ。

だが、それができる人はそんなにいない。経営のことを考えれば当然である。

誰も知らない、わたくしだけが知っているほんものの自然農法は、
山梨県で営まれている。


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「自然農法」の「自然」は実は「自然」

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幼い頃禅宗のお寺で習字を習っていたので座禅はお手のものなんだが、
妄想もお手のものでありまして、まあ瞑想の「め」の字にもなっておりません。
雑念をどうやってやり過ごすか。習字よりその技術を教えてほしかったなあ。



禅問答のようなタイトルですんません。

わたくし時折、講演などすることがあります。
有機農業についてとか、有機と有機JASと有機農業の違いとか、
なんとなくわかりにくい用語についての講演が多いです。
昨年は「自然農法と有機農業」というタイトルで、
講演をさせていただいたです。

自然農法についてはわたくし一線を画しており、
それまでは、心の中の「よくわからない箱」に入れてありました。

なんで一線を画していたかと言うと、客観性がないこと、
非常にあいまいで定義付けがしにくい用語に思えること、
自然農法を実践して、採算が合うかどうかが不明なことの3つが理由。

だってさあ、「自然農法」って言ったもん勝ちだからね。

有機JASが施行される前の有機農業みたいなもんで、
なんちゃって自然農法・自然栽培と、
真剣に取り組んでる人たちとの区別がつかないの。

その状態は、消費者にとっても不幸なわけ。

なんちゃって自然農法の野菜をべらぼうな価格で買ったりして
自然農法でなかったなんて後でわかったら、悲しいでしょ。

なんて思いつつ、講演資料を作っていて、
むかーしむかし、宇根豊さんに聞いた話を思い出した。
そして「自然農法の自然の意味」に突然思い当たった。

それまで全く繋がらなかった脳内のシナプスが
それをきっかけにぱぱぱぱーっと繋がり、目の前がぱあっと明るくなった。
お風呂に入ってなかったので「ユリイカ!」とは叫ばなかったが、
良く似た状況だったですよ。おお。あぶない、あぶない。

んで今回のタイトルになるわけです。

さて、現在当たり前のように使われている「しぜん」という言葉は、
実は「nature」という英語が日本に入って来た時、
福沢諭吉先生が翻訳してあてた言葉であった。

明治以前の「自然」は「じねん」と読み、現在の環境とか
山とか川とかの自然を表す言葉ではなかった。
というか、どうも仏教の用語であったらしい。

「自然といふは、自はおのづからといふ、行者のはからいにあらず、
しからしむといふことばなり。自然といふは、しからしむといふことば、
行者のはからいにあらず。如来のちかひにてあるがゆへに」
(『自然法爾(ほうに)章』)親鸞聖人『末灯鈔(まっとうしょう)』の第五通

上記の難しい言葉を現代語訳すると、以下になる。

「自然(じねん)」というのが自ずからということで、
人間のはからいによって移り変わったり、どうとかできるものではない。
すべてが自ずから真実の働きを現している。
それが如来の誓いである」

「如来の誓い」って言われるともう何がなんだか
煩悩のカタマリのわたくしには理解できないが、
平たく言うと「あるがままの状態」が「じねん」である。

あるがまま。つまり人が手を加えたりコントロールしたり
全くできないもの・しないものが「じねん」なのであった。

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まじまじと見るとホタルって気持ち悪くて全然好きになれない。
同じ発光する生物ならホタルイカの方が好き。おいしいしかわいいし。
でも小さいって言えばイイダコの方が好きかなあ。おいしいし。
あああ、そういえば、一回イイダコ釣りに行ってみたいなあ。
↑ 瞑想している時に起こりがちなものすごくとりとめのない連想(泣)



自然農法の自然は「しぜん」ではなく「じねん」なのだ。

そう考えると「自然農法」がどういうものかすっきりと理解できる。
「あるがまま」なのだから、そこに「ある」以上でも以下でもない。
つまり「あるがまま」で手を加えない農法である。
そして、「農法」ではなく「思想」なのだった。

しかし、思想ではうまく作物ができない。
だから、自然農法を実践している人たちの中には
「ここまでOK」という栽培のルールを作っている人たちもいる。
それはそれで良いことである。客観性が保てるからね。

この「自然」と「じねん」の違いがわかると、日本人と欧米人の
「自然」に対する意識の違いがすごくわかるようになる。

日本人の感性は、自然はあるがままのものであり、
ふだんそこにあることすらほとんど意識していないものだ。
自分たちも自然の一部であり、他の生物と同じ位置にいる。
「ミミズもオケラもアメンボも皆友だち」とか歌ってしまう。

しかし、欧米の人々はそうではない。
「自然」も牛豚鶏のように神様が人間に与えてくれたもののひとつだから、
natureは支配できるものだ。支配するから守ることもできる。
人間はすべてのものの一番上に位置している。だから
マラリアを媒介する蚊が邪魔になると絶滅計画を立てたりする。

虫はわくもんだと思ってる日本人に絶滅計画は立案できない。
ホタルもわくものだから、いなくなって初めて気づいて慌てる。

自分たちも自然の一部。だからあるがままを受け入れる。
そのせいかどうか、日本人は自然に対する認識が少し鈍い。
だってさあ。自然を守るって言葉、なんかしっくり来なくない?
守るもんじゃなくて共生するもんだってやっぱり思ってるんだよね。

現在の日本人には、そもそもの民族的な認識である「じねん」と
明治以降よそからやって来てしっくりこない「しぜん」が混在しているのだった。

そのように考えると、いろいろなことに「なるほど!」と思うのだが、
わたくし的には山梨県の無農薬・無肥料栽培のすもも農家に
10年以上も「あるがまま」と言われ続けていたその意味と本質を、
何一つ理解してなかったことが大きな衝撃であった。

彼はまさに福岡正信さんの言うところの正統派自然農法を実践してたのに、
全く気づかず、はいはい、そーですねー、ヘラヘラ~とか聞いてたのだった。

あああああ。何やってたんだ、自分。
こういうのを「天然」って言うんだろうなあ。
なんちて。このオチもイマイチなのだった。うううう。


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「自然農法」という言葉についての考察

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自然農法の実験圃場で粛々と大きくなってる枝豆(大豆かも)。
大豆や菜っ葉はある程度できるだろうなと思うけど果菜類はまだ難しいみたい。
ここは以前、草がぼうぼうに茂ってたが、炭素分だけでは作物はできないのだね。



ほんたべ農園(というか区民農園)のご近所に
自然農法の実験農場がある。一見草っ原のようだが、
よーく見るとトマトやきゅうりがこぢんまりと生育している。

愛しすぎる女としては、作物の自主性を尊重し、
環境との調和を目指すこの農法は自分に向いてないと考えており、
距離を置いておきたい感じだったのだが、
考えなきゃならなくなったので考えてみた。

「自然農法」とは福岡正信さんが提唱した思想であり、
その系譜を継ぐ川口由一さんという方がいらっしゃる。

上記の実験農場は、川口さんの圃場で研修をした人が
作業担当をされているのだった。

へなちょこなほんたべ農園と比べても、かな~りな状態のその畑で
「ずいぶんよくなりました。これからですよ」と笑う彼と話し、
思想というのはすごいなあとつくづく思った。

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埼玉県上里町で自然農法を営む須賀さんの畑では堆肥を使っている。
動物性のものは含まれない、河原の草を積み上げたもの。なので草の形が残ってる。
須賀さんは有機JAS認証を取得しているけど、自然農法なのだった。



自然農法は、基本的に「不耕起」「無肥料」「無農薬」だ。

福岡さん、川口さんの自然農法は本を読んでいただくとして、
岡田茂吉氏も自然農法の本を出しているので、それを見るとして、
その理念を継承して栽培を行っているMOAの自然農法には
あれこれ決まりごとが定められている。

MOAの基準は基本的には無農薬で、有機質肥料を使う。
福岡さんの言う厳密な自然農法とは少し違っている。
これ有機農業って言っちゃダメなの?とも思うのだが、
あくまで「自然農法」なのだ。思想だから。

最近では木村正則さんも「自然農法」の系譜に組み込まれている(らしい)。

木村さんの栽培は本とNHKの番組で推測してみたのだが、
チッソ固定に大豆の根粒菌を利用している。さらに葉面散布も行う。
それは無肥料じゃない気がするが「自然農法」なのだった。

「自然農法」の基本は「思想」だ。
思想以外にはっきりとした決まりごとはない。
思想を継承していれば自然農法なのであろうと考える。

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須賀さんの水菜はハウスのなかで栽培されてた。経済性を考えた場合、
当然だけど露地だけではけっこう厳しい。自然なのにハウス? このへんが
わかりにくさの理由なのかもしれないなあ。



バチッとわかりやすく知りたい自分としては、
あいまいさの残る「自然農法」という表現を見ると
頭が混乱してしまう。そして必ず疑問に思う。

「この人は何をもって自然農法って言っているのだろう?」
福岡さんとMOAのことは理解できる。明文化されてるから。

自然農法ならまだしも、都内のレストランのメニューに、
「当店の野菜は自然栽培の野菜です」と書いてあるのは
何の事だかちっともわからない。

スタッフに聞いたってわかりゃしない。
「無農薬なんです」とか言われるだけだ。

「んで、肥料は? 購入ですか? 堆肥ですか?
もしかして無肥料? 無肥料って何をもって無肥料って言ってるの?」
とか根掘り葉掘り聞きたくなるわたくし。

この気持ち、「有機農産物」という表現に縛りを加えたくなった
農水省と同じなのかもなあとしばらく前からよく考える。

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須賀さんの畑は無施肥でもホウレン草ができる。分析してもチッソは残ってない。
炭素分だけの供給で微生物がたくさんいるからなんだろうと推測するけど、
新しい畑がこの状態になるには10年はかかるから、新規就農で自然農は難しい。



確かにこの言葉はとてもいいイメージを与えることができる便利な言葉だ。
わたくしですら、何かの販促のときにはうっかり使いたくなってしまう。
法的な縛りがないから使うのは自由だ。
だから気持ちは理解できるけど、いつかは「優良誤認」と言われるよね。

これらの言葉には決まりごとがないため
現在のところ、使ったもん勝ちである。

さて、わたくしのいた某D社には「こだわり農産物」という基準があり、
取扱商品について事細かくあれこれと決まりごとがある。

さらにその通りに栽培してるかどうか、ちまちまと細かく確認し、
さらにさらに客観性をもたせるため第三者機関の監査を受けている。

「基準通りに栽培している」と胸を張って言えるしくみが作ってある。
客観性が常に担保されているしくみだ。

決まりごとには客観性が必要。あたりまえのことだ。

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有機JAS認証は客観性の最たるものだ。畑だけでなく、伝票・日記・作業場、
有機の圃場でできたものを一般栽培ときちんと分けるしくみができてるかどうか
なんてことまで検査される。ここまでしてやっと「お墨付き」がもらえるのだ。
いいか悪いかは別にして、しくみとしては正しいと思うわたくし。



そう信じている自分にとって、言ったもん勝ちの表現を使われると、
有機リン系農薬を一回使って「ほとんど無農薬」って言われるのと同じで
困惑してしまう。それだけでなんだか疑ってしまう。性格悪いから。

有機農産物が法律になり「無農薬」表示に農水の指導が入る昨今、
わかりやすい、そして優位性のある言葉が見つからない。

だからあいまいで法的な縛りがなく、なんとなくいい感じがする
「自然栽培」「自然農法」を使う人(流通)が増えているのかもしれない。

優良誤認への第一歩を踏み出した感のあるこれらの言葉。
本当に取り組んでいる人と、そうでない人を見分けることができない。

それは全体的にはマイナスみたいな気がするんだけど、どうでしょう。


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自然農法の先駆者の畑はすごかった―埼玉県・須賀利治さん

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長身でかっこいい須賀利治さん。お忙しいところ色々とお話を聞かせていただきました。


「埼玉県に自然農法のスゴイ人がいるんだって。
河原の草だけで作った堆肥を使って品質がよくておいしい野菜を作ってるらしいよ」
埼玉・群馬の産地周りをしているとき、何回かその噂を聞き、
一度畑を見せてもらいたいなあと思っていた方がいました。

その方の名は、須賀利治さん。
埼玉県上里町で、自然農法を営んでいます。

実は利治さんのお父さん・須賀一男さんは、有吉佐和子の「複合汚染」に登場します。
一男さんは、昭和32年(1957年)から自然農法に取り組んだ、自然農法の先駆者。
すでに半世紀以上自然農法で耕されている、須賀さんの畑に行ってきました。

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冬季なので畑に作物がないため、2009年の11月の写真を見せていただきました。
とてもきれいで虫食いもない野菜たち。大根やかぶの地上部が小さめなのが特徴です。
これはチッソ分が適正であるという証拠。商品部分は正しい形できちんと生育しています。
このほうれん草が無施肥の畑で収穫できたもの。うーん、すごいぞ。
「まあでもちょっと早めに種をまくと、アブラムシがついたりもするよ」と須賀さん。
適当な時期には種することが大切ってことですね。適地適作ってやつでしょうか。


昭和32年と言えば、コワーイ農薬と化学肥料の使用が全盛の時代です。
「ええ~っ!そんなことやってたの~っ!!!うひい~」
と叫びたくなるような農薬の使い方がOKだった時代
(収穫後のナスをホリドールでドブ漬けとか…あーコワイ)。

しかも有機リン系(すごく毒性の強いやつ)やらドリン系やらのコワーイ農薬が主流で、
それらはまだ製造中止にもなっていませんでした。

レイチェルカーソンの「沈黙の春」は1962年出版(日本での新潮文庫版出版は1974年)、
有吉佐和子の「複合汚染」は1974年から朝日新聞に連載が始まりました。

この連載をきっかけにして環境問題に注目が集まり、有機農業運動がスタートしました。
私が以前勤務していた会社・大地を守る会が設立されたのが1975年ですから、
日本で有機農業がクローズアップされ、市民運動化したのはこのあたりからでしょう。

須賀さんはそれより18年も前に農薬と化学肥料について疑問を持ち、
さらにその使用をきっぱりと辞めた、有機農業の先駆者でもあるのでした。

その理由は、ご自身の病気だったそうです。

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ちょっと大きくなってるけど、いただいて帰ったほうれん草。甘かったっす。
品種はパレード。古い品種なので種やさんにも売ってないけど、毎年取りよせてもらってるとのこと。
その理由は「このほうれん草がおいしいから」。安全でおいしい野菜…理想ですね。



「僕はまだ生まれてなかったんだけど、親父が病気になった原因を考えていくうちに
世界救世教(MOA)の自然農法に出会ったんだよね。

自然のものを自然に返して、化学物質を一切使わない農業。
これだ!ってことで、当時は豚と牛も飼ってたんだけど、きっぱりやめちゃった。
そうすることで逃げ道をなくして、自分を追い込んだんじゃないかと思う。
これからは養蚕だってので、桑を何反も植えたとこだったんだけど、それも全部抜いちゃったの。
それで一から自然農法を始めたんだよ」

昭和32年。おそらく養蚕も養豚も酪農も、かなり利益が上がっていたでしょう。
これらの産業が衰退していくのは、昭和40年以降のことです。まだまだ儲かってたはず。
それをきっぱりと辞めてしまったとは…周囲の人はどう思ったのでしょう。

「まず両親は猛反対。あと近所の人にも何やってんだ、おかしくなったとまで言われた。

ただ自然農法をやっていくうちに親父の体は段階を経て、だんだん健康になっていった。
食べものだけが原因じゃないかもしれないんだけど、とにかく元気になって。
そのおかげで、父も母も今でも元気で、ちょっと腰が曲がってるけど農作業やってますよ」

現在、須賀さんの畑は、有機JAS認証を取得しています。
畑に入れる肥料分としては、利根川・荒川の草でできた堆肥のみ。
動物性のものは一切入れていません。

それで作物ができるのかな? チッソ分は? 素朴な疑問です。

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東毛酪農の牛が食べている河原の草をロールにしたもの。これは2年前のものです。
ほとんど分解していませんが、使う前に切り返して空気を入れてやると温度が上がり始めるとか。

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荒川から来るものはすでに何度か切り返されているので、ほとんど土状態。
このふたつが須賀さんの堆肥。他には何も足していません。


ほうれん草がよくできるという畑の簡易土壌分析結果を見せていただきました。
うひゃあ! この数値はいったい何なの?
残留チッソの数値は0.02(!!!)。これではチッソ分は全然足りないでしょう。
しかしスーパーに出荷できるようなきちんとしたほうれん草ができている…なぜ?

おそらく数値化されない形(アミノ酸類)でN分が土壌中にあるのでしょう。
長年の有機物の投入が、微生物豊富で団粒構造のできた土を作っている、
そんな風に思いました。

土づくりとは時間のかかる地道な作業。
それにしてもすごい結果をもたらすものです。

「うちの自然農法はMOAのガイドラインの自然農法。
自然の力を生かして作物を作る循環型農業なんだよね。
このほうれん草の畑は連作障害もなくて堆肥を入れなくてもできるんだ。
長年の土づくりの結果だと思うよ」

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「この半分生の状態で土に入れるんだよ。この状態で入れるのがいいの」
これを微生物が分解する過程で生み出すさまざまなものが、野菜に吸収されてるんだろうなあ、
理にかなってるなあ…とぼんやり思いながら聞きましたです。



最近都心部のこじゃれたレストランで
「野菜は自然農法のものを使っています」という注意書きをよく見ます。

これを見るたび「自然農法」って何のことだろうと思っていました。
現在のところ、自然農法には有機のような法的な決めごとがあるわけではありません。
あいまいだけどなんとなくいい印象を与えるこの言葉で、
ほんのりとした優位性を持たせているんじゃないか。そんな風に感じていました。

しかし、須賀さんの自然農法は、そんなあいまいなものではありませんでした。
長年の経験と土づくりによって、独自に確立され、誰にも真似できないもの。
最近流行のよくわからない「自然農法」とは一線を画するものでしょう。

土づくりは一朝一夕にはできないもの。何十年も草しか入れていない畑の土はどんな土?

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野菜の販売先は、MOA他4~5か所。あと産直の個人のお客様です。
雨の日の作業性と、いろんな野菜を届ける必要があるため、ハウスが4棟建ててあります。
これはミズナ。冷たい赤城おろしが吹き降ろすこの土地では、厳寒期の野菜は大変。



有機物の蓄積、微生物の働き、団粒構造、腐植…いろんな言葉が脳裏をよぎりましたが、
とにかく、須賀さんの畑はスゴイ!ってことだけわかりました。

「長年の蓄積があってできてることだから、同じようにはできないと思うよ」と須賀さん。

そう、真似しても野菜がうまくできないことは目に見えています。
とりあえず自分の家庭菜園では絶対ムリ! なので粛々と微生物と炭素分を入れることにします。

この日、無施肥の畑でできたほうれん草をいただいて帰ったのですが、
それはそれは甘くておいしいほうれん草でした。

それ以来、自然の力について考えています。


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無施肥・無農薬でみかんをつくる人―広島県・道法正徳さん

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青い空と瀬戸内海…美しい風景ですねえ。
道法さんの無施肥・無農薬のレモン畑から見える、瀬戸内海の風景。



無肥料栽培ってどういうことだろう? 
最近いろいろと話題です。気になります。

私が知っている限りでは、草生栽培で人為的な肥料分を全く与えず、
すももを作っている人がいらっしゃいます。
(過去ログ→http://hontabe.blog6.fc2.com/blog-entry-14.html


よく考えてみると、無肥料栽培というより無施肥ってのが正しいような気もします。

そう言えば、海っぱたの岩に自然に生えている松などを見ると、
土はどこにもないのに、元気に生育しています。
彼らは何から養分を補給しているのだろう?

ある人が言うには「微生物の仕事」なのだそうです。

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病気のあとや傷がひとつもないきれいなグリーンレモン。
これなら慣行栽培と比較しても全く遜色ありません(ピンボケですみません)。
無施肥・無農薬でこれだけのレモンができるとは…ものすごく説得力がありますね。




田んぼでは、前作のワラを還元すれば全く肥料を供給しないでも
水に含まれたり田んぼの微生物の死骸などの天然供給量だけで
最低5俵は採れると聞いたことがあります。

微生物の死骸や、共生菌の働き、また雨によるチッソ補給など、
天然供給の肥料分があり、循環の流れができていれば植物は生育することができるのでしょう。

でもそれだけで経済作物をつくることができるのかなあ…収量もそれなりの?

そんなことを考えていたら、
かんきつ類で無施肥栽培を実践している方にお会いしました。

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道法正徳さん。広島弁でのお話は漫談を聞いてるみたいに楽しいのですが、
その理論は少し難解。でも方法はシンプル。感銘を受けました。




りんごや桃などの落葉果樹と違い、かんきつ類は常緑樹です。
冬、休眠することなく、一年中光合成を行います。

さらにレモンなどは春に花を咲かせながら果実の収穫もできてしまうという、
落葉果樹類しか知らない私には未知の作物。
休眠がないぶん、養分の配分が違うのだろうなとは思うのですが、
なんともよくわかりません。

「なぜ花と果実が同時に存在できるんだろう?不思議だなあ」的な作物、
それが私にとってのかんきつ類。
そして、今回初めてかんきつの畑、しかも無施肥・無農薬の畑を見学しました。

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下草にナギナタガヤを繁殖させるのも農法のひとつ。
ナギナタガヤは種を購入してまかなければなりませんが、うまく次世代の芽が出ればOK。
これは新しい芽が出ています。りんごの下草に利用する人も多い草です。



畑の主、道法正徳さんは、かつて青果連に属し、
農協組合員に肥料・農薬を販売しながらの指導をされていたそうです。

自分でもみかんを栽培していく中で、ある時隔年結果にならない剪定方法を発見しました。
その後は指導員を辞め、無肥料・無農薬栽培の技術も確立し、現在に至ります。

さて、道法さんの栽培方法でかんきつ類を栽培すると、
大きくてきれいな果実、一般栽培とそれほど変わらないものができます。
その方法は実にシンプル。しかもわかりやすいのです。

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苗木の仕立ても特徴的。枝が全て上向きに伸びています。
ある程度大きくなると勝手に下に下がって来ますが、それが右側に伸びている枝。
その枝からまた上へと伸びる枝が何本か新たに伸びています。
写真では見えないのですが、株元に黒マルチが敷いてありました。これもコツなのだそうです。




上に上にと伸びる樹勢のいい枝、徒長枝を残し、横・下に伸びる枝を切る剪定方法、
「切り上げ剪定」を行うことにより、かんきつ類の宿命「隔年結果」がなくなり、
大玉の果実ができ、無農薬栽培も可能になる…いいことばかり、素晴らしいですね。

しかも消費者には「無農薬」という付加価値商品を提供できるのですから。

果樹類はどんなものでも、勢いよく上に突っ立ったような枝は、
夏の間に切られたり、切るとまた出てくるのでくりっとひねられたりして、
だいたい邪魔者扱いされています。

道法さんの考えは、この邪魔もの扱いされる樹勢のいい枝をあえて残して実をつけ、
実の重さで枝を下向きにさせるという方法。
その結果、大きな実がなる「有梢果」という実がたわわに実ります。

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大きな枝から出る小さな枝にみかんがついているのがわかりますか?
これが有梢果。大きな枝に直接実がなるよりも大玉になり、糖度も上がるならせ方だそうです。
それもこれも植物ホルモンの作用なのですが、うまく説明できません。すんません。



道法さん曰く「チッソ・リン酸・カリ、必要ない。必要なのは植物ホルモン。
オーキシンとサイトカイニンが働くようにすればいいだけ」

ものすご~くざっくり言うと、
オーキシンは成長部分で作られ、植物体内を移動して根を伸ばす働きがあり、
サイトカイニンは根の部分で作られて、生長点に移動し植物の成長を促す作用があります。

オーキシン・サイトカイニンともに植物の成長を促す植物ホルモン。
これらの働きをうまく利用するのが切り上げ剪定ということなのですね。
そのほかエチレンの合成などももちろん利用します。

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道法さんの剪定の特徴、チェーンソーでバッサリ剪定。
けっこうバッサバッサと切っていきます。その後剪定バサミで下に向かっている小さな枝を切ります。
写真はないのですが、上に伸びることのできない小さな枝が自分で枯れているのを見て、
上に伸ばすことの意味・植物の生理がわかるような気がしたりしました。



ううう、大変難しいです。
さらに、NPKが必要ないってのがよくわからないのです。

しかし道法さんの畑では、無施肥・無農薬栽培に取り組んでもう何年も経つのに、
慣行栽培と同じような大玉の美しいレモンがなっています。

「無農薬だからカイヨウ病や黒点病、ヤノネカイガラムシが多少いてもしょうがない」

低農薬・無農薬栽培では、かんきつ類は肌がちょっと小汚くなり、
見た目が悪いのにちょっとお高いので、流通団体や農家はそう説明します。

通常、無農薬栽培のみかんやレモンには、こういった病気や虫がついています。
しかし、道法さんのレモンにはほとんどついていないのです。
さらに、かんきつ類の幹に入り込み、樹を枯らしてしまうカミキリムシもいないのです。

実践できているということは、これは事実であるということです。

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チェーンソーでぐりっとえぐられたような切り口。
切った枝を残さず、その根本から切るのがこの剪定方法の特徴です。
こういう切り口にすることで、生長点から降りてくるオーキシンと根から上がってくるサイトカイニンが働き、
植物の自然治癒力によって傷口が修復されます。


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植物の力のみで修復された傷跡はこんなふうに盛り上がります。
通常は切り口にバッチレート等の農薬を塗布し、病原菌が入らないように防ぐのですが、
この方法だと農薬は必要ないそうです。
※この写真はりんごの樹で何か塗ってありますが、道法さんの畑の樹ではありません。
傷口の盛り上がり方をご確認ください。




全く新しい剪定方法で、慣行栽培と同様の見た目のものが無農薬・無施肥でできること、
さらにかんきつ類の宿命・隔年結果にならないこと、
その方法が、理屈はともかく素人にでもものすごくシンプルでわかりやすいこと
…何度も言いますが、素晴らしいですよね。

興味ある方は、道法さんの本を読んでみてください。

『高糖度・連産のミカンつくり~切り上げせん定とナギナタガヤ草生栽培』川田健次著
※川田健次というのは道法さんのペンネームだそうです。

一度聞いただけではいまいち理屈がわからなかったので、
またいつかお会いして、ゆっくりお話を聞きたいなあと思っています。


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プロフィール

ほんたべ

Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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