鳥取の「小豆雑煮」は「ぜんざい」でも「汁粉」でもないという主張

010_2014010411023449e.jpg
厳密に言うと餅は丸餅、しかも茹でてるのでこうではないが、
見栄えとか丸餅が入手できないとかでこうなりましたです。
まあぜんざいに似ているといえば似てるかもね。絶対に雑煮だけど。



あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

さてお正月。

関東ではお雑煮需要で小松菜の相場が上がり、葉物農家がうれしいお正月。
全国的には煮しめに使うれんこんに高値がつくお正月。
そしてわたくしが生まれも育ちも鳥取であることを強烈に認識させられるお正月。

その最たるものがお雑煮である。

今年、Facebookで鳥取の小豆雑煮を紹介したら、
「汁粉とぜんざいとこの雑煮の違いを述べよ」と質問されたので調べてみた。

まず雑煮とは、大晦日にその土地で採れたものを神様にお供えし、
そのお下がりを食べるものらしい。いつから食べられていたかははっきりしない。
江戸時代ではないかという説が多いようだ。

すまし仕立てと味噌仕立てについてはWEB検索では出てこない。
ので、今回はパスである。

次は餅の形だ。自分的に最大の謎である。

かれこれ20年ほど前、東京に越してきた翌年のことだ。
某D社の注文書に「板餅」という商品が載っていた。 

鳥取には餅を平べったく切った「かき餅」というおやつが存在する。
てっきりそれだと思った。んで注文した。そして翌週届いたその商品は、
べったりとした一枚のずっしりと重い板状の餅であった。

「なななななな、なんじゃこれ? ぶ、武器???」 

包丁で切るのにめちゃくちゃ苦労し「二度と買うか!」と心に誓った。
無駄なことが嫌いなわたくし、この手間が許せなかった。
餅をなぜわざわざ板状にし、後日それを切り分けるのか理解できない。

餅は取り粉にとって粛々と丸めるのがヒトとして自然な行為ではないか。
わざわざ板状にのして冷めてから切り分けるなどいかにも無駄で非効率である。
トータルで考えたら2時間程度の無駄が発生するはずだ。
しかもつきたての餅をつまみ食いできないじゃないか!

しかしこれもはっきりとした理由はWEB検索では出てこない。
ので今回はパス。パスが多くてすみません。

というような基本的な部分はおいといて、今回のテーマは鳥取のお雑煮である。

鳥取の雑煮は、甘く煮た小豆汁にゆでた丸餅が入っている。
昔、大阪の友人に「それ、ぜんざいちゃうん?」と言われたことを思い出す。
しかしこれは鳥取市民にとって、まぎれもなく雑煮である。

わたくしの母は生まれも育ちも鳥取で、先祖代々
鳥取市立川町に住んでおり、鳥取の原住民と言っていいと思うが、
むかーしから「小豆雑煮」を食べている。ということでこれは鳥取の伝統である。

実はこの「小豆雑煮」を食べる地域は全国に点々とある。

まず出雲地方、あと新潟の下越地方の一部、佐渡ヶ島(伝聞)である。
共通点は見つからない。殿様の転封はなく人々の交流もなかったはずだ。

もしかして北前船?

010_201401041102364b9.jpg
わたくしの父は鳥取の人ではなかったので雑煮は小豆ではなかったと思うが、
母はいっさい作らなかったので、どんなものだったのか知る由もない。
わたくしは一応夫用に見よう見まねの雑煮を作っております。
最近おいしいと思えるようになってきたかなー。やっぱ、慣れだよね~。



現在では太平洋側と比較して繁栄していないと考えられており、
十把一絡げに「裏日本」と呼ばれる日本海側の地域は、
昔は北前船で交易を行い非常に繁栄していた一大文化圏であった。
北海道で採れる昆布が西日本に伝わったのは北前船のおかげである。
でも京都までだよな。鳥取には来なかったはずだ。

出雲はそもそもぜんざい発祥の地だと最近言われている。
11月の神在月に食べたので「神在」→「じんざい」→「ぜんざい」。

ダジャレ?

神へのお供えという強烈なハレ食だから、ハレの正月に食べるのは理解できる。
しかし鳥取にこれが伝わったというのは考えづらい。
出雲は方言から何から全く違う文化圏の地域だからだ(『砂の器』参照)。

雑煮が生まれたのは江戸時代と仮定してみる。
因幡の国は、関ヶ原後、池田家が廃藩置県まで治めていた。
岡山からやってきた池田家の家臣が小豆雑煮を食べていたのかな?
しかし岡山の雑煮は小豆ではない。うーん。

そしてひとつ思いついた。大変悲しい推測である。

鳥取の冬はかなりの大雪が降るので農産物は収穫できない。
海産物は豊富だが、冬の日本海は荒れて漁ができない事が多かっただろう。

ということで手っ取り早い「ハレ」の食材「小豆」を使ったのではないだろうか。
そもそもの味付けは貴重品の砂糖ではなく塩だ。砂糖はかけて食べていたらしい。
小豆と砂糖と餅と言えば、日本における「ハレ食」のベスト10に入る食材である。
これお雑煮にすればいいんじゃん? 甘いしおいしいしごちそうだよねみたいな感じ。

なんちて、鳥取市民に怒られるかな?

鳥取の郷土史等々文献を調査しないとほんとのところはわからないのだった。
ということで、これはわたくしの妄想でございます。

ちなみにぜんざいとしるこの違いは以下。

「しるこ・小豆のあんを溶かした甘い汁の中に餅などを入れた食べもの。
ぜんざい・関西で潰しあん入りのしるこ、田舎じるこ」
『角川必携国語辞典(第十二版) 平成25年版』

「しるこ・あんを溶かした汁のなかに餅などを入れた食品
ぜんざい・つぶしあんをまぶした餅。しるこのようにお椀に入れて食べる。田舎汁粉」
『新明解(第三版)昭和59年版』

鳥取の小豆雑煮は形状・味付けともに関西でいうところの「ぜんざい」、
関東で言うところの「田舎汁粉」に酷似しているが、雑煮である。

「ぜんざいちゃうんか」と言った大阪の友人よ、違うのだよ。食べて驚け。


★現在ブログランキング参加中です!
↓プキッとクリック、ご協力お願いいたします!



こちらもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 環境ブログ 有機・オーガニックへ
にほんブログ村

干し柿づくりで思い出した柿のいろんな話

007.jpg
東京都世田谷区はあたたかいので生柿の重量が100g程度でないと、
腐ってぼとっと落ちてしまうです。蜂谷や百目柿は東京では干せないす。
よっぽど寒くて乾燥した年ならOKかもしれないけど。



わたくしが産地担当していたころ、干し柿は青果物扱いであった。
そして干し柿は売りにくい商材であった。

お正月用の市田柿が終了してから出てくる奈良の小さな干し柿は、
かわいそうなくらい売れなかった。
干し柿を売るなら年内なのである。干し柿はお正月商材なのである。
ということで、この奈良の産地は毎年作付消化ができなかった。

あるとき、売れなくて困るんだよねという話をしていてふと思いついた。
干し柿にして売れないなら、消費者に作ってもらったら?

そして、翌年。「干し柿つくろうセット」がデビューした。
割と売れたのよね。今でも人気商品である。
んで今年、そのセットを買ってみた。かれこれ10年前に
わたくしが作ったリーフレットが入っておりました。むふふ。

柿をむいたり干したり写真撮ったりしているうちに
産地担当時代の記憶が蘇り、気になることを調べてみたら、
柿とは意外に奥が深い果物であるとわかった。

ってことで、今回は柿のうんちくである。

010.jpg001.jpg012.jpg
003.jpg011.jpg012_20131218105611b5d.jpg
004.jpg001_201312181108468e1.jpg026_20131218105640716.jpg
干し柿から渋が抜けるしくみは以下の様なものである。皮をむく→
柿が呼吸できなくなる→ピルビン酸が生成→アセトアルデヒドに変化する→
アセトアルデヒドがタンニンと結びつき不溶化される→渋を感じなくなる。
渋柿の脱渋を炭酸ガスやアルコールでするのも同じ仕組みだそうです。



あまり知られていないが、一般の干し柿は硫黄で燻蒸されている。

硫黄と言われても一般人にはピンと来ない。わたくし的には旧約聖書の
神が悪徳の町、ソドムとゴモラに硫黄の雨を降らせたってのが一番古い記憶。
神はどんだけ怒っていたのか。硫黄の雨、傘をさしてもかなり危険だ。

春先に殺菌目的で果樹類にまく石灰硫黄合剤が手についたらやけどする。
合剤をまくときには車の塗装がハゲるので道路に注意しなくてはならない。
また、硫黄の粉をうっかり吸い込むと気管支がやられる。

硫黄とは、かなり剣呑な毒物なのである。
その硫黄を、干し柿では殺菌目的に使う。

しかし以前市田柿の産地で話を聞いたら
「硫黄燻蒸してもカビって生えるんだよね、どっちかっていったら
きれいな色を保つためじゃないかなー」と
干し柿づくり何十年の農家のおじさまが言っていた。

先日NHKで山梨の枯露柿を作ってるところを放映していたが、
やはり「色を美しく保つために硫黄燻蒸する」と言っていた。
干し柿のあの美しいオレンジ色は硫黄燻蒸のおかげなのだった。

さて、柿という作物は、庭先にいくらでもなってるので、
なんとなく無農薬で作れそうだが、ちゃんとした商品にするためには
きちんと農薬をまかなくてはならない。

039.jpg
10日めに大風が吹いて一気に乾き干し柿らしくなりました。
この時点で味見したら最高のおいしさで、しかも色合いも美しい。
来年はここんとこで全部食べてしまいたい。



庭先の柿が早々と葉を落としてしまうのを見て、人は「秋だ」と思うが、
実は落葉病という病気のことが多い。その病気にかかると
葉っぱがどんどん落ちてしまうため、柿がきちんと熟してくれなくなる。

また、早々と熟し柿になりぼとぼと落っこちてるのを見て
「今年は熟すのが早いな」と思う人がいるが、それは害虫のせいである。
ヘタ虫と呼ばれるその虫の本名は「カキノヘタムシガ」。ううう、そのままじゃん・・・。

てなこともあり、経営が成り立つよう美しい果実を収穫するためには
農薬が必要だ。調べてみたら和歌山県の防除暦で16剤だった。意外と多いね。

人は意識して分けて食べてないと思うのだが、柿には渋柿を脱渋したもの、
甘柿、甘くなったり渋くなったりする不完全甘柿の3種類がある。
渋柿は中国から渡ってきたようだ。しかし、甘柿・不完全甘柿は
日本で突然変異した日本原産の果物である。すごいじゃないか。

例えば、愛知県幸田市で栽培している筆柿は、不完全甘柿で、
タネが入らないとタンニンが不溶化しないという特徴がある。
(幸田市以外の土地に行くと渋柿になると生産者が言ってたがほんとうだろうか?)

この柿は、その形から別名珍宝柿といい(なぜ?とか指摘しないでください)
中国・台湾の方々に大変めでたいと喜ばれるため輸出も多い。
また鳥取には鳥取で突然変異した(らしい)花御所柿という柿がある。

003_20131218105705d14.jpg003_20131218105727a16.jpg
毎日観察してると何が変わったのかわかんないけど、
まとめてみるとわかるもんですねい。雨で取り込んだのは5日め一回だけ。
今年は干し柿に向いたお天気でした。



今回これを書くので柿の品種を調べたが、
聞いたことのない名前がわんさかあった。
おそらく、名も知らぬ甘柿や渋柿が日本全国にあるに違いない。

干し柿の大きさが各地で違うと気づいたのは東京に来てからだが、
その土地土地に地域の気候に適した柿があるのだろう。
柿は日本で一番地域性の高い果物ではないだろうか。

さて、人は柿が好きな人とそうでない人に分かれる。わたくしは後者である。

渋柿を脱渋した平核無柿は好きだが、富有柿などの甘柿は苦手だ
脱渋した柿は果肉がねっとりしてわりと好きなのだが、
甘柿はかりんこりんとした食感が頭蓋骨に響く気がしてなんかイヤなのだ。

さらに人は、干し柿が好きな人とそうでない人に分かれる。わたくしは後者だ。

干し柿が好きな人は熟し柿も好きなことが多く、嫌いな人は熟し柿も苦手だ。
あの食感、ベタベタした甘さに共通点があるのかもと考えている。
(わたくし的統計。サンプル数は10人)

しかし今回、自分で干し柿を作ってみて、9日めあたりの
まだ渋が少し残っている美しいオレンジ色の段階で食べるとおいしい。

005.jpg
ひとつ約100gだった柿が20gになりました。糖度は測れない。
WEB検索すると40~70%で羊羹なみってこと。確かにそんな甘み。
干した期間は11日。渋みはなし、ってことでこれで完成なのかなー。



「ああっ、干し柿ってこんなにおいしかったのか! 
キライだったなんて自分のバカバカバカ!」なんて感動したのだが、
干し上がったのを食べたらフツーの干し柿で、魅力が消え失せていた。

どこでその魅力が失せたのか、このあたりの理由は不明だ。

9日めで食べるためには、皮をちゃんとむかないと皮が残ってると渋い。
これこそアセトアルデヒドとタンニンが結びつかなかった証であろう。
横着してヘタ周りの皮を残したのは失敗だった。
干し柿を食べるとヘタのところからごそっと取れるのをすっかり忘れていたのだ。

ということで来年に向けて、総括。

1.皮をヘタの周りまできっちりきれいにむく。
2.9日~10日めあたりで干しを終了。
3.カビないうちに全部食べる

これだとお正月まで持たないなと気がついたが、まあ、いっか。


★現在ブログランキング参加中です!
↓プキッとクリック、ご協力お願いいたします!



こちらもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 環境ブログ 有機・オーガニックへ
にほんブログ村

お皿の上に乗っている「愛」の話

gazou 028
今まで食べた中で一番おいしかったフォアグラとブータンノアール。
フォアグラっておいしいよねえ。ちゃんとしてるおいしいヤツは。
ブータンノアールなんて日本人には絶対思いつかない料理。フレンチ恐るべし。



大量に食べられるわけではないのだが、食いしんぼうである。
しかし偏食だ。だから本当は食いしんぼうじゃないのかもしれない。
とりあえず、食いしんぼうは自己申告ということでお願いします。

「大統領の料理人」を見てきた。

フランスのミッテラン大統領の私的な食事を調理した
女性シェフの物語である。

フランスの郷土料理、伝統料理がこれでもかと出てくる。
日本の食材と全く違う、フランスの食材と調理法。
トリュフは想像がつくが「月桂樹の水で香りをつけたフロマージュ」?
なんですか、それ? 「尼さんのおなら」? なんですか、それ?

ストーリーは非常にシンプルで、フランス映画らしく淡々と進行する。
ってことで、おおむねそこに出てくる食べものばっかり見ていた。

「バベットの晩餐会」という映画を見たときも同じだ。
ストーリーはほとんど覚えてないが、料理に魅了された。
偏屈なじいさんやばあさんが変わってしまう料理ってどんな料理?
きっと幸福な味がするに違いない。食べたーい!!!!

「ショコラ」は、最初はストーリーが素晴らしいと思ったが、
何度か見ているうちに、ジュリエット・ビノシュが作るチョコレートと、
ジュディ・デンチのお誕生会の料理が気になってしょうがなくなった。

gazou 031
ポルチーニのスープ。上に乗っかってるのはトリュフ。
いまいちトリュフのおいしさがわからない鈍いわたくし。



鶏のローストにチョコレートソースをかけたもの?
ああ、一体どんな味なんだろう。食べたーい!!!!!
(ちなみにホットチョコレートにチリを入れて飲んでみたけど、
ジュディ・デンチみたいに情熱は沸き起こらなかったぞ。感性が鈍いのだろうか)

昔から映画で食べてるシーンを見るとその食べもののことを考える。
想像できないもの、自分の理解の範疇を超えているものが好きだ。
おいしそうなものはもっと好きだ。

さて、わたくしの住んでいる東京では、
さまざまな国の料理を食べることができる。
お金を出せばどんなものでも食べられる。

でも、感動するのは、いつもフレンチだ。
自分の家の台所では絶対に作ることができない料理が出てくる。

トマトのジュレ? マッシュルームのスープ? カリフラワーのムース?
えー、こんな料理、全然思いつきません。
しかも食べたことのない味がします。理解不能です。

それだけでもう、料理とシェフにひれ伏してしまう。
口に入れるたびに料理に翻弄され、夢中になってしまう。

そのうちに心がふるふるとふるえてくる。

しあわせでいっぱいになって自分が何かで満たされてくる。
何がいっぱいになるのだろう? なんだろう? カロリー?
この経験があるのとないのとでは、人生の輝きは絶対に違う。

gazou 032
レストランによってはケモノのニオイがすることもある鹿肉。
でもそれはあえてそういうものを仕入れてるのかも。もしかして通の味?



おいしい刺身を食べたときにもしあわせだなーとは思うが、
心がふるえない。その理由はそれが「素材」だからだ。

良い材料を使えばおいしいものができるのは当たり前だと、
以前シェフに聞いたことがある。自分たちの仕事はそれだけではダメ。
自分ならではの皿にしてお客様にお出しすることだと。

いい素材を、生で、焼くだけ、蒸すだけ、茹でるだけというのは
素材の味そのままだから、心は全くふるえない。

だから、最近よく見かける「焼いただけの野菜」にオリーブオイルと
塩をかけて出してくる店には、行く価値がないと思っている。
メニューにそれを見つけたら、その店には絶対に行かない。

だって、食べる直前に収穫した自分ちの野菜を焼いて、
自分の好きなオリーブオイルと塩かけたほうが絶対においしい。

農家から農協、市場、小売で収穫後中一日経っている
慣行栽培の野菜なんておいしいわけないじゃんか。

お金が取れる価値のある「料理」を作ってくださいよと言いたい。
閑話休題。食材原理主義者的発言でした。

gazou 035
ホロホロ鳥を生まれて初めて食べました。生きてる姿を見るとぐっときます。
秋だったのできのこがいろいろ乗っかってます。



レストランには、たんにお腹を満たすだけではなく、
心がふるえる体験をしに、しあわせになりに行くのだと思う。

何日も、何年も経ってから、その日のことを思い出し、
しあわせだったなあと反芻し、また豊かな気持ちになれる料理。
この経験ってなんとなくしあわせな恋の思い出に似ているね。

おお、そうか。
わたしはお皿に乗せられたシェフの愛を食べてるのかもしれない。
その瞬間、恋に落ちているのかもしれない。

人に食べものを作るときにはその人への愛が必要だもの。
愛の無い料理は、人をしあわせにはできないのだ。
そしてそういう料理を与えてくれる人をわたしたちは無条件に愛する。

ああ、誰かおなかいっぱいの「愛」をごちそうしてくれないかなあ。
(つまり15,000円くらいのコース料理食べに連れてってってことですね。えへ。)

※今回のお料理は代々木上原のシャントレルで食べたものです。



★現在ブログランキング参加中です!
↓プキッとクリック、ご協力お願いいたします!



こちらもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 環境ブログ 有機・オーガニックへ
にほんブログ村

日本人が一年間に食べる油の量を調べてみた

とんかつ
某D社時代、産地に行くとよくとんかつ食べさせてもらいました。
それまでとんかつ食べらんなかったけど、食べられるようになりました。
今ではかなり好きな食べもののひとつ。ラードで揚げたのがとくにおいしいね。



「いでんしくみかえさくもつのないせいかつ」という
Facebookページやってます。

ここで遺伝子組換え作物関係の情報を出してるので、
食料需給表やらなにやら、農水省のWEBサイトをよく見ております。

食料需給表は自給率の数値も載ってるけど、
日本人一人が一年間で食べているいろいろな食料の数値が出てて、
その数値がけっこう楽しい。というかかなり興味深い。

というので、油について調べてみた。
数値の出処は「平成24年食料需給表」である。

この数字は国内生産量を人口で割ってるものなので、
厳密に言うと「消費量」ではなく「供給量」なんだけど、
そのあたりは予めご了承ください。

さあ、現在の日本には、どんな油があるのかな?

わたくしは日々の食事に使うのはオリーブオイルで、
天ぷら用にNON-GMOナタネ油、ナムルや玉子焼きにごま油、
サラダには亜麻仁油を使う。

gazou 040
天ぷらをするようになったのは、夏野菜が大量に採れたのがきっかけ。
見た目は非常に悪いけど、そりゃもうおいしいのでございます。
圧搾一番搾りナタネ油の手柄です(野菜もだ!)。香りが全然違うです。



以前日清サラダ油を天ぷら用に買ってたことがあったが、
だいたい酸化させてしまうので買わなくなった。
天ぷらを年に二回しかしなかったからである。

最近天ぷらが上手に揚げられるようになったら、
油で天ぷらの味が変わることに気がついてやっぱり買わなくなった。

よく溶剤抽出の油が健康にどうとかと聞くことがあるが、
ほんとかなーとか思ってた。油だし、変わんないでしょって感じだ。
しかし圧搾一番搾りのナタネ油(だと知らずに使った)で揚げたら
天ぷらの味が劇的に変わったのだ。びっくり! すんごいおいしいのだ!

なぜこんなに味が違うのか。違いといえば製造法と原産地である。
原産地やGM・NON-GMOの味の違いが自分にわかるとは思えない。
であれば、違いは製造法(と原料穀物)である。

この油で揚げると天ぷらがいくらでも食べられてしまう。
冷めてもおいしいし揚げてても気持ち悪くならず胸焼けもしない。
そして太る。どんどん食べちゃうからである。困る~。

自宅でおいしい天ぷらを作るコツは、揚げ方よりも油である。
ということに、約半世紀かかって気がついたわたくし。遅いって。

カレー
意外と油を使うのがインドカレー。最初に玉ねぎ炒めるのに
100CCくらい必要です。でないとスパイスがコゲちゃうからね。
カレーにはオリーブオイルを使っとります。



ということで、自宅ではその3種類の油しか使わない。
その他世の中にはグレープシードオイルとか、ピーナツ油とか、
紅花油、ひまわり油、その他いろいろな穀物油がある。

さて、日本人が一年間に消費している油の量はどれぐらいでしょう?

一人あたり13.6kg。植物油脂だけを見ると12.8kg。
12.8kg。1ヶ月に約1kgって感じかな? すんごい食べてない?

総務省の家計調査によると、
日本人が一年間に油に使う金額は2,928円。うーん。
12.8kgを2,928円では買えないぞ。
しかし家計調査には外食分が含まれていないので、そんなもんかも。

この12.8kgの油を作るのに、原料をどれ位使うのかな?
農水省のサイトで「油にするために必要な穀物の量」を見つけた。

油1kgを作るのに必要な穀物の量は、
大豆の場合5kg、ナタネは2kgである。

さらに日清オイリオのお客様相談室に電話してみた。
担当のお姉さんがていねいに調べてくださった数値は、
コーンは2kg、綿実は4~5kgである(お姉さん、ありがとうございます)。
ついでにごまは2kg。あんな小さいものを2kgも使うんじゃ大変だね。

gazou 003
夏の定番、ナスとピーマンの味噌炒めにはごま油を使っとります。
この料理にはごまの香りが必要だと思うです。



大豆の自給率は7%、ナタネ、トウモロコシ、綿実はほぼ0%台だ。

油用作物は作ってもお金にならないため、日本ではほとんど自給できない。
わたくしが食べている12.8kgの油の原料のほとんどが、よその国から来ている。

ちなみに上記のごま油以外は、
ほとんど遺伝子組換え作物が原料である。
そうじゃないと1kg500円なんて価格では買えない。
国産ナタネ油だと1kgで1,500円くらいしちゃうのだ。

日々の食卓から油がなくなったらすごく困る。
油はいまや醤油や味噌と同じくらい大事なものだ。
多様化著しい日本の食を支えているのは、実は油だ。

酸化しちゃったから捨てちゃえ!なんて言ってはいけないのだ。
大切に使わなくてはね。
そして天ぷらの回数も減らしたほうがいいのかもしれない。
(ううう。それはちょっと嫌なんですけど)


★現在ブログランキング参加中です!
↓プキッとクリック、ご協力お願いいたします!



こちらもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 環境ブログ 有機・オーガニックへ
にほんブログ村

お正月。日本の食文化について考えてみた

zouni 008
夫が「作って~」と言うので見よう見まねで作った東京風お雑煮。
おいしいけど違和感のカタマリ。なぜならわたくしは鳥取市生まれだから。



昨年はほんたべ日記にご訪問いただき、ありがとうございました。
今年もよろしくお願いいたします。

さて、2012年。東京に引っ越して20数年が経ち、
とうとう生まれ故郷の鳥取よりも滞在年数が長くなってしまいました。

体内の細胞はすっかり東日本産の食材で構成され(脳細胞除く)、
何の不便もなく日々フツーにのほほんと暮らしております。
しかし特別な日、とくにハレの日(=お正月)には必ず、
自分がこの土地の生まれでないことを再認識させられます。

思い起こせば20数年前、
越してきてすぐに食べたうどんの汁が真っ黒なのに驚愕し、
さらには、全ての煮ものとうどんやそばのつゆが
かつおぶしと醤油の味で構成されているのに辟易し、東京とは
醤油味しか理解できない人々の住まう土地と信じるに至りました。

gazou 019
これがわたくしの生まれ故郷のお雑煮。どっからどう見てもぜんざいだと人は言います。
ほんとは餅は丸餅。そしてゆでてあります。日本における丸餅・角餅の東西の分岐点は
大井川あたりにあるって噂だけどほんとかしら?



とはいっても日本の首都ですから、おいしいものはたくさんあります。
そこのところは享受させていただき(うどん関係は避けて通ればOK)、
20数年暮らしてきたわけでございます。

が。

お正月、ハレの料理は避けて通るわけにはいきませんです。
お雑煮。餅の形。味付け。正月が来るたび、自分の根っこは
この土地にはないと再認識するのでございます。

体細胞は全部入れ替わっているにもかかわらず、
生まれ故郷の味に執着するこの習性はどこから来るのでしょう。

やっぱり脳細胞が変わってないからかしらん?
海馬にバッチリ刷り込まれているその情報は、
一生わたくしの食べものの嗜好を左右するのかしらん?

gazou 009
お正月と言えば鳥取出身ならばブリ食べなくちゃ!ってことで、ブリ大根。
ほんとはお刺身をてんこ盛りで食べたいところだけど、なんか高くて。
今年はブリが豊漁だって聞いてたのにがっかり。



生まれ故郷ははるか遠く、記憶も薄れがちですが、
わたくしの脳細胞に残っている刷り込み情報を思うと
自分が根無し草ではないような気がして少しうれしかったりします。

日本における地域ごとの食文化はバリエーションが非常に豊富で、
知れば知るほど驚くことが多いもの。

その地域でその食べものが発展した理由を知ると、
食文化とは土地に根付いたものなのだと実感できます。

例えばそば。

各地域に名物そばがありおいしさを競っていますが、
そもそもはその土地で米が採れなくて、栽培できる穀物が
そばしかなかった等の少し悲しい理由があるものです。

gazou 029
お正月。実家では物心ついてからずっと仕出し料理を祖父の家で食べてたので
おせちって言われてもピンとこないわたくし。なのでただのごちそうを作っちゃう。
唯一作る煮しめは、自分で作り始めてからおいしいと思うようになりました。



小麦粉を使った名物料理がある山間地などでは
人々が食べられるほど米がなかった、あるいは栽培できなかった
そんな理由が必ずあることに気づきます。

そのうち、食べものや食文化で、その土地の農業の歴史が
ある程度想像できるようになります。

日本が豊かになったのは、ここ数十年のこと。

白いごはんをおなかいっぱい食べることが夢だったという人が
農業ではまだまだ現役で活躍している国、日本。

食文化の豊かさを思う際に、なぜそうなったかを考えると
きっと(少し悲しい)新しい発見があります。

kissyu 007
キノコのキッシュ。キッシュは焼いとけばいつでも食べられるし、酒の肴にもなるし
豪華に見えるわりに作るの簡単だし、お土産にもできるしってので、
「日本のお正月っぽさゼロ」ってことを除けばお勧め料理です。ケークサレもいいかもね。



ハレの日、久しぶりに鳥取東部地域のお雑煮を作り、
食文化について考えてたら、ハレっぽくない記事になりました。

TPPやら原発やら、農業を脅かすものが相変わらず存在している2012年。
自分にできることを粛々とやろうと思った次第です。

皆さま今年もよろしくお願いいたします。


★現在ブログランキング参加中です!
↓プキッとクリック、ご協力お願いいたします!



こちらもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 環境ブログ 有機・オーガニックへ
にほんブログ村

山菜摘みで考えたいろいろなこと

gazou 018
GWに山梨のすもも農家・古郡さんのところでよもぎ摘みをしてきました。
冬の間体内に溜まった毒を出すのに、山菜の苦みというのが有用だと漢方などでよく言います。
よもぎはぐわーっと毒を出してくれそうな草ですね。この時期の柔らかい新芽だけを収穫します。



以前仲良しの産地で、山菜摘みがてら取材をさせてもらったことがありました。
山の中らしく、こごみやふき、タラの芽、コシアブラ、うど等々、なんでも採れます。

ほとんど手がかからない山菜「こごみ」が大好きなので、
こごみの群生地に連れてってもらった時には
「うひゃっ!」とヨロコビの声を上げてしまいました。

地面をじっと見て歩いていると、あちこちにちんまりと山菜が見つかります。
食べものが地面に落ちてるってのは楽しいなあ!としみじみ思いました。
苦労せず食べものが獲得できる喜び…かな~り楽しい経験でした。

gazou 046
子どものときは全く食べられなかったわらび。今や大好きな山菜です。
山形県ではこの穂先の部分は取っちゃって食べないんですって! 理由は「前からそうしてるから」。
実は発がん物質という噂もあり、それ以来なんとなくわたくしも取るようにしています。



その取材でタラの芽を採ってる時、ちょっとした事件がありました。

山の中腹あたり、人間の背丈程度の灌木のなか、人影が見えたのです。
大きなしょいかごをもったその人影は、我々に気づくとすぐに消えました。
しゃがんで隠れたようでした。

「あの人、山菜泥棒だよ、きっと」 その山の持ち主の農家が言いました。

「けっこう来るよ、誰も許可取らないで、タラの芽とか根こそぎ採って行くんだよ。
たくさんあるから別に採ってもいいんだけど、ルールを守って欲しいなあ」

林道の道端にあるタラの芽は、道行く人がほとんど採ってしまうと笑います。
バッサリ折られた枝をみて、その採り方が困るのだと、しみじみ言いました。

gazou 044
山の中を歩いててみつけた「銀ラン」。山野草かな? ちんまりして美しい花ですね。
こういうのを根こそぎ取って行っちゃうオバサマが大変多いそうです。



「山から恵みをもらってるって感覚がないんだよね。

穂先だけ摘み取れば、タラの芽はもう一回出てくるからそれを残せるんだけど、
茎ごと持ってっちゃう。だぶん、水に浸けておけば何度か出るから、
それを知ってるんだと思う。売ってるのかもしれないねえ。

そんなことすると、残された茎からは何も出てこなくなっちゃう。
搾取すると二度とその恵みが得られないってことがわかってないんだよね」

楽しくてごっそり持って行きたくなる気持ちは理解できなくはないけど、
「いただいてる」という感覚が欠如しているのだろうなあと感じました。

gazou 014
鳥取県では皮を捨てて中身を食べる「あけび」。山形県では皮だけ食べる「あけび」。
山梨のすもも農家は中身を天恵緑汁にする「あけび」。人それぞれなのですねえ…。



「山菜を出さなくするのは簡単なの。
根こそぎ採っちゃうか、山の手入れをしなきゃいいの。

毎年何度か山に入って、下草を刈ったり枝を払ったりしてやんなきゃいけなくて
それをさぼるとすぐに山はダメになる。人が入れなくなる。
だから、それは山を持ってる者の先祖代々からの役割なんだよね。

辞めちゃうと、山が荒れて、山菜やきのこも出なくなっちゃう。
山菜やきのこは、山の手入れをしたものに与えられる恵みというかご褒美なんだよ」

その話を聞きながら、わたくし、農村には「仕事」と「稼ぎ」という
2種類の仕事があるのだという話を思い出しました。

gazou 032
枯れちゃった巨峰畑の下に日本タンポポが群生してました。
ガクが反り返ってないのが日本タンポポ。西洋タンポポは反り返ってるのですぐわかります。
古郡さん曰く「この山にはまだ西洋タンポポが来てないだよね」…うーん、それは珍しい。



「仕事」は地域や子孫のために延々と続く止むことのない利他的な活動のこと。
「稼ぎ」は日々の食料を得るための経済的な活動のこと。
都市生活者の仕事は「稼ぎ」のみなのですね。そう考えるとわかりやすいです。

田んぼの水路の管理、山、農道、共有スペースの管理…
農村には自分のため以外の仕事がたくさんあり、それはお金にならなくても
先祖代々続けてきて、やらなくてはならない当たり前の仕事なのでした。

農地を耕し食料を生み出す、それを次世代につなげる仕事「農業」は
「稼ぎ」もあるでしょうが、どちらかと言うと「仕事」に分類される
稀な例のような気がします。そう考えると、第一次産業全体がそうですねえ。

都市生活者が農業に惹かれる理由がわかるような気がします。

gazou 051
野草っていうか雑草でもあるノビル。味噌付けて食べるとおいしいけど、
食べすぎると鼻血が出そうです。でも春はそういうものを食べなくちゃ。



そこいらの山に入って山菜という恵みを得ることができるのは、
誰かが手入れをしてくれたおかげと考えれば、また翌年への配慮があれば、
根こそぎ持っていくことの無礼さ、傲慢さが理解できるはずなのに。

日本人はそういう感覚を、すでに無くしてしまったんだろうか。
なんとなくちょびっとがっかりして、その取材を終えたのでした。

さて今は5月。まさに、山菜の季節です。

手入れに値する恵みが、あの山で次々に芽を出しているのかな。
たらたら歩くだけで食べものが入手できる喜びを味わっているのかな。
と、思っていたら。

福島のこごみから放射能が検出されたとニュースで聞きました。

彼の山は福島県にあります。
今年は山菜は採らないのでしょう。とりあえず出荷は自粛すると言っていました。

gazou 002
チェルノブイリではきのこがものすごく放射能を吸うことがわかってますから、野生のきのこは危険です。
今年のマツタケごはんは、老い先短いオトナは良くてもお子様は食べない方がよさそうです。



何百年もの間、先祖代々山の手入れをしてきた結果、得られたご褒美
山菜やきのこは、誰にでも平等に山に行けば与えられる豊かな恵みだったのに。

人間は、自然とのこの契約を「放射性物質」によって一方的にご破算にしてしまったのです。

これから、自然が時間をかけて修復してくれるのを、ただ私たちは待つしかない、
でも、どれほどの時間をかければ修復できるのか、誰にもわからないのでした。

gazou 007
来年もまた当たり前のように山菜摘みに行けるでしょうか。
誰にもわかんない答えだけど、誰かに聞いてみたいです。メルトダウン隠してた人とかに。



山々の新緑は美しく、木々は営々と続けてきた営みを今年もただ繰り返しています。

でも、そこにいる人間には、目の前にある食べものが食べられない。
自分たちが作りだした目に見えない物質のせいで。

電力という恵みを享受してきた私たちへのしっぺ返しは、
考えていた以上に大きなものになりつつあります。

これを次世代へ持ちこさないよう、私にはただ祈ることしかできないのでした。


★現在ブログランキング参加中です!
↓プキッとクリック、ご協力お願いいたします!



こちらもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 環境ブログ 有機・オーガニックへ
にほんブログ村
プロフィール

ほんたべ

Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
リンク
FC2ブログランキング
FC2ブログランキング参加中

FC2Blog Ranking

フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR