除草剤についての理想と現実について思うこと

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北海道の広大な玉ねぎ畑で手取り除草中。左側が除草済み、右側まだ。
農家だけではできないので当然パートさんを雇います。
面積が多くなるとその経費とパートさんの確保だけでも大変です。


大地を守る会では除草剤の使用は米を除いて禁止である。
米のみは初期の除草剤一回散布はOKで、
販売の際は「除1」と記載されていたが今はどうかな?

稲作に関しては除草の手間がものすごーく大変なことに合わせ、
初期に一度散布するとその後の草が抑えやすいことによる。
一回散布だが成分数としては4剤とかである。
一度まいとけばいろんな草に効きますよ的なもののようだ。

しかし畑作・果樹の場合は、本圃場のみならず、
畦畔(あぜ・圃場周り)などへの使用も原則禁止である。

とは言え果樹産地など傾斜地で山の中という条件の悪いところがあり、
畦畔・法面の手刈り除草はちょっと命にかかわるかもみたいな
危険を伴うところもあるので、そういう場合は応相談(だと思う)である。

除草剤が圃場のみならず畦畔及び通路等の圃場周りで禁止なのは
環境保全型農業に除草剤使用はあり得ないこと&
そもそもの出自が有機農業運動であることが大きい。(と思う)

「なんで?」としみじみ考えたことがなく「そういうもん」
という認識だったことに最近わたくしは気がついた。
産地担当時には圃場周りの除草剤散布を発見したことが数度あり、
その年の取り引きはできないという判断をしたこともある。

ちなみに有機JAS認証では圃場に除草剤を散布していると取得できない。

有機許容農薬に除草剤の名前はなく、圃場周りについては
「その影響が及ばない距離」までの散布はOKかもしれない。
しかし有機JAS圃場間の通路などには散布は不可だろうと考える。

でも有機農家の駐車場には散布しても全然かまわないのだ。
だって畑じゃないもんね。

さて先日、元担当農家から数年ぶりに電話があり、
メンバーのお一人が抜けることになったと知らされた。

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田んぼの除草機。初期に使うとなんかすごーくよく取れるんだって。
田んぼに草を生やしすぎると収量が減るので大変なのだが、
こういう機械を持ってないところは手押しの除草機を延々押すとかで
腰が痛くなったりして人が傷んで大変。



理由は高齢化により圃場周りの手取り除草がむずかしくなった。
だから除草剤をまかないととてもやれない、でも、
圃場周りに除草剤をまくと大地には出荷できないからやめる、と言う。

この方たちはむかーしから有機農業に取り組んできた方々で
わたくしは「農薬まけば」とかうっかり言ってよく怒られていた。
まきたくないから我慢してるのに産地に寄り添うべき担当がそんなこと言うな! 
って感じだったのだろうと想像するわたくし(反省)。

この産地は果樹シーズン真っ只中の10月に行く最初の畑作産地で、
わたくしは毎回落葉果樹産地対応の「果樹脳」のまま訪問していた。
果樹脳とは「農薬OK! っつか初期に叩いとけ!」的なイケイケ脳である。

まきたくなくとも農薬を散布しなくてはむずかしいからまく落葉果樹農家と、
まきたくないから何かあったときにもじっと我慢してしまう畑作農家とでは
農薬に対する考え方がすこーし、というか大きく違うのだ。
申し訳ないが、わたくしはここで「畑作脳」に切り替えるのが常であった。

その「農薬できるだけまきたくない」と言っていたメンバーの一人が
圃場周りに除草剤まかないとやれない、と言っているのだった。
有機農業運動を支えてきた人の一人が、である。

わたくしはこの話の前に同じようなことを別の所で聞いており、
「除草剤」についての考え方をリセットする必要があるかもと思っていた。
この場合は耕作放棄地の草管理なので内容は少し違うが、
「高齢化」というキイワードは同じである。

若いころには問題なくできたことが年を取るとむずかしくなる。
昔は良くても今の時代に合わないこともある。

有機農業運動が1970年代に始まってすでに50年近くになる。
当時バリバリで若く理想に燃えていた農家も70歳近くになっていて、
その若い後継者は有機農業運動のなんたるかなど知る由もない。
というか「ウザい」と思っている人の方が多いかもしれない。

生まれたら親はすでに有機農業やってた、という人も多く、
「なんでそんな手間のかかることを」と心の底で思っている人もいる。
生産物がいい値で売れる強い産地では有機などやらなくても作物は売れる。
そっちの方がはるかに楽だったりもする。

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自然栽培の方の畑でも地主の場合草を生やしててもへーきです。
境目が見えづらいのですが「畦畔」とはこの手前のあたりのこと、
法面とは後ろの傾斜のあるあたりのことを言います。
ジャリが多い土質の場所では草刈り機を使うと小石が飛んで危険なので、
手取りでやるしかない、というところもあり、それはとても大変です。


そういう人たちに「圃場周りの除草剤不可」はめんどうでしかない。
親の思想が勝っている間はやれたとしても、息子がビジネスライクに
自分の手間と親の思想を天秤にかければ、手間が勝つに違いない。

大変だけどがんばって手取りでやるぞ! と思っている場合でも
除草対策でパートさんを雇うとそれなりに経費はかかるし、
シルバー人材センターにお願いしたら熱中症で倒れられたりして
わあ、大変。ってなこともある。

農業者の高齢化は加速度を増しているのだ。
そのうち昔のものさしが合わなくなってくるのではないか。

わたくしは昔「圃場周りの除草剤はダメなんだよね。今年の出荷は
相談させてください」と平気で言っていたことを思い出す。
今になって、基準だから当時はそういう対応でいいんだけど、
それはほんとのところどうだったのかとちらりと思ったりする。

最近は老眼で見が見えなくなり小さな虫など全部見逃してしまうが、
目の前にある現実はきちんと見ることができるようになったのかもしれない。
というか、酸いも甘いも噛み分けたおとなになったということだろうか。

なんちて。

ともあれちょっと問題提起してみたくなりました。


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もしかしてこれからが正念場なのではオーガニック

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大地を守る会の最後の総会が先日行われたようであります。
以下の例にならって考えると、現在の敵はOisixなのではないか、と
しみじみ感じた次第です。


昔、大地を守る会の規約には「人の悪口を言わない」と書いてあった。
今はどうか知らないが、この小学校の学級目標のような言葉が
わたくしはずっと不思議であった。

大地を守る会の機関誌を制作していた2006年、
会長の藤田和芳さんのインタビューを企画したことがある。
藤田さんは学生運動の闘士だった、と知っている人も多いと思うが、
このとき、藤田さんは以下のような話をした。

「学生運動がうまく行かなかった理由を最近よく考えていて、
ああ、そういう理由だったのかなと気づいたことがあった。
わたしたちには大きな敵があったのに、お互い協力することなく、
自分たちの主義主張の違いが許せず、結局内部崩壊してしまった。
多様性を許せなかった。これが失敗の原因ではないかと思う」

大地を守る会発足当時、集まった農家同士がよく批判し合っていた。
これでは前に進まない。だからお互いを批判しないという文言を
規約に入れたのだとそのときわかった。

実際の農家がどうだったかと言うと「あの人の大根どーなの、あれでいいの」
とかの毒は非常にしばしば聞いたが、悪口は言わなかったように思う。
小学生みたいな決まりごとでも効果はあったのだ。

しかし、有機農業のエライ農家の人たちは悪口を言い合う。
そしてお互いの思想の違いを許さず何かと言えば分裂する。
まるで学生運動の人たちのように。

なぜ仲違いするのか。
それは「敵の不在」によるものである。と最近気がついた。

1975年、有吉佐和子さんの『複合汚染』をきっかけにして、
有機農業運動は大きく広がりを見せ大地を守る会も設立された。

このとき、農村で有機農業を営む少数の農家は、
JAからは取り引きを停止され、地域から孤立した。
農水省は有機農業などありえないなどと言い、
有機農家は四方を敵に囲まれている状況だった。

孤立しながらもやっていけたのは強固な「思想」があったからだ。
「思想」は自らの軸であり、核であり、アイデンティティである。
思想は盾になり自分を守る武器にもなった。

農家の産物を買い支え支援した消費者にとっても農家の敵は敵である。
消費者も「子どもたちの未来のために」とか「環境を守るために」などの
非常にストイックな、しかも利他的な美しい思想で武装する人が多かった。
これは大地を守る会などの流通も同じである。

消費者と農家と流通は敵(JA、農水省、国、慣行栽培)に向かって拳を振り上げ、
いつか有機農業があたりまえになる日を夢見て一丸となった。

1980年代後半に「食の安全」がブームになり、思想を持たない人々も
有機野菜が欲しいと思うようになった。わたくしはこの世代である。
有機農業はブームになり、なんちゃって有機等の優良誤認が問題になり、
農水省が有機農産物の表示の法律をつくろうと動き始めた。

「理念なき表示制度では有機農業の振興にならない!」と、
有機農業関係の人々は農家も流通もこぞって反対した。
わたくしは大地を守る会のなかでこの反対運動を見ていたが、
実は何を反対しているのか当時ほとんどわかっていなかったと思う。

結局有機JAS法は成立し、その後大地を守る会でも有機JASの取得を推奨した。
あの反対は何だったのか。とわたくしたち産地担当の多くは思った。
わたくしは反対の理由がなんとなくわかる気がする。農水省は「敵」だ。
敵がつくる制度など許せるはずがなかったのだった。

そして2006年12月、議員立法で有機農業推進法が定められ、
有機農業は国の方針となった。有機農業者皆が夢見た瞬間である。
と同時に、目の前の敵がいなくなった。振り上げた拳の行く先は?
目の前にいるのは仲間だ。今までいっしょに運動してきた農家だ。

かつての敵の補助金で夢見ていた有機農業推進事業を始めてみたが、
なぜかほとんどうまくいかなかった。

敵を失い目を凝らしてみると自分たちの小さな違いが鼻につく。
武装した思想はもう必要ないのに武装解除できない人々はお互いを攻撃した。
有機農業推進法ができて10年経つのに、農水省の
「有機農業を巡る現状」に書いてある課題は全く変わっていない。

しかしおじさまたちが仲違いをしている間に
「有機楽しいよね」と新しく参入してくる若者たちが増えていた。

若者たちは自分なりの思想、というか有機農業に取り組んでいるうちにできた
軸や核のようなものをそれぞれが持っているが、とくに武装はしていない。
しなやかに自分と他人の違いを受け入れ農業を粛々と楽しんでいる。

彼らの野菜を買う消費者も「子どもたちの未来のために!」などと
とくに拳は振り上げていない。有機の野菜はおいしいし、
畑に行くと楽しいし、有機って農業っていいよね、くらいの感じだ。

拳を振り上げていた人にはこれが不安だ。このままでいいのか! いや、よくない。
苦労してきたオレがちゃんと有機の思想を伝えなければ! などと考える。

消費者も「なんとなく良さそうだから」と買う人々のことが不安だ。
このままでいいのか! もっと環境問題に目を向けて! などと思ってしまう。

そして今年、オーガニック専門スーパーができた。
とある人によると今年は「オーガニック元年」なのらしい。

しかしわたくしはふと思う。有機業界が思っているよりも早く
オーガニックはあたりまえになっており、すでに
「数ある選択肢のひとつ」になっているのではないかと。

成城石井にもサミットの売り場にもオーガニック食品は並んでいて
大地を守る会のようなクローズドな会員組織に入らなくても手に入る。
オーガニックは普通になり、特别なものでなくなっているのでは。

夢見た目標に到達してみたら、存在意義がなくなってしまったのでは。
しかし一般化するというのはそういうことである。

振り上げた拳の行先はどこにもなく、共通の敵はもう存在しない。
同じ思想を持っているからわかってくれるということもない。
そうなると評価されるのは純粋につくるものの品質や発信する情報となり
慣行栽培同様「高く売れる人」「そうじゃない人」に分かれていく。

有機農業界はすでに「有機は普通」という前提に立つべきではあるまいか。
そこから何をすべきか、何を変えていけばいいのか考えるべきなのでは。

わたくしはまだ何も思いつかないが、これからが正念場のように思える。

頭のいいおじさま方は今こそ出番ではないでしょうか。
武装解除して、よろしくお願いいたします。


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お買いものは世界を変えるか、その2

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そろそろさくらんぼの季節ですねえ。くだものはスーパーで買うより
農家にお願いして送ってもらうほうがおいしいのです。
くだものを食べて幸せになりたいなら直送に限ります。



『ほんとうにおいしいものはお店で買えない』(雷鳥社)を読んでおります。

これはわたくしが2014年に出版した本なのですが、
今読んでも非常におもしろいのでご興味ある方はぜひご欄ください。
最後のQ&Aなどは編集者の方の素直な質問に直球で答えていて、
かなり笑えます。(なにげに、というか積極的に営業)

さて、出版はたった2年半ほど前なのにいろんなことが変わっていて、
月日の流れるのは早いものよのう(遠い目)などと思ったりする。

まず、書いたときには施行されることは決まったがルールはまだだった
「新食品表示法」のルールが決まり、当時心配されていた
「遺伝子組み換え食品表示が後退」とかその他もろもろは杞憂に終わった。
食品表示法では新しく「栄養成分表示」が義務付けられた。

加工品メーカーには負担だが確実に消費者の利益にはなっている。
というかわたくし的に非常に利益を享受しております。

また、米国でも遺伝子組み換え食品の表示が義務付けられた。
表示といっても逃げ道がたくさんありすでに決まってた州法を骨抜きにするとか
非難ゴウゴウなのだが、一応はスゴイことなのだろうと思う。
っていうかその後これどうなったんだっけ? もう表示中?

さらに日本では全加工品について主たる原料の原産地表示が義務付けられる
かもしれない。っていうかこれ、どうなったんだっけ? まだ検討中?

さらにさらに。「地理的表示制度」が導入された。
法律の名は「特定農林水産物の名所の保護に関する法律」だ。

たとえば鳥取の名産・らっきょうに「鳥取砂丘らっきょう」とか
「夕張メロン」とか「神戸ビーフ」とか「市田柿」とか「但馬牛」とか、
地域ブランドを登録し「地理的表示(GI)」マークを付けることで
国内はもちろんだが条約を締結した海外でもブランドが保護されるのだ。

http://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/outline/attach/pdf/index-28.pdf
地理的表⽰法についてー特定農林⽔産物等の名称の保護に関する法律ー

最近ではベトナムと覚書を交わしたとかいうメルマガが来ていたが、
加盟してない国、二国間の締結を行っていない国とは
そういうのができない。たとえば中国とか。うううううダメじゃん。

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この2年間で一番びっくりしたのは、栄養週期の達人と知り合って、
原木の自根である巨峰を食べたこと。ものすごーーーくおいしかった。
巨峰なんてってバカにしてたけど、もうほかの巨峰は食べられないくらい。



んでは、オーガニック界隈では何が変わったかな? 実は大きく変わった。
なんと、東京にオーガニック専門スーパーができた。また、
2014年に比べて近所のスーパーのオーガニック率が確実に上がっている。

つまりオーガニックはおおむねあたりまえになった。

そう言えばオーガニック専門スーパーはその後どうなったんだっけ?
最近全く報道で見かけないけど便りのないのはいい便りってことかしら。

たった2年で世の中の動きは目まぐるしく変わり、その他
体にいいと言われる食べものも次々に登場しては消え、今や
ココナツオイルって何でしたっけ? 的な感じになってたりも、
えーと、とくにしてませんか? まだ流行ってる?

んで、わたくしは自身が書いた本を読んでしみじみと思った。
やっぱりお買いものは世界を変えるのだと。

昨今では有機農業運動!(振り上げる拳!)的な感じではなく
「オーガニックってわかんないけどなんとなくいいんですよね?」的な
ゆるーい感じでオーガニックを選択する人が増えているようだ。
ゆるくても全然OKである。裾野が広がればニーズは増すからだ。

市場には消費者の購買行動に沿った商品が提供されるから、
誰かが買わなければ流通も小売もできない。だから一昔前は
オーガニックはクローズドなマーケットだったのだ。

それが一般的になった、ということはやはり「お買いものパワー」によるものだろう。

なにしろ大地を守る会がなくなり、より一般ピープルに訴求している
Oisixといっしょになるのだ。オーガニックが特别ではなくなった、
という何よりの証拠ではあるまいか。

オーガニックの畑や田んぼが増えれば、栽培する人間が幸せになるだけでなく
小さな生きものが増えて多様性が増し、世界はますます美しくなるだろう。

これからも皆がおいしいものを食べて世界を美しくするのだ。

それは以前のような激しい「有機農業運動」ではないが、だからこそ
確実に世界を変えられる「静かで幸せな革命」だとわたくしには思える。


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おいしいトマトと栽培方法についての話

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ほんたべ農園で粛々と大きくなりつつあるトマト。
今年はなんか暑いせいかやたらと生育がいいのが不思議です。


野菜の栽培方法ってどんなものがあると思います?

まず最初に「有機栽培」と「一般(慣行)栽培」ってのが思い浮かぶが、
これは肥料とか農薬についての分類方法で、そのほか、ハウス、露地など
環境での分類方法、また、促成栽培、抑制栽培など栽培時期の分類など、
「栽培方法」とひとことで言ってもさまざまである。

上記は主に地面の上の話だが、実は地面についての分類もある。
地面で栽培する「土耕」そして水耕栽培とか根圏制限とかの「その他」である。
実は作物は「地面で育てる」のが常識ではないのだった。

ちなみに有機JASを取得は「土耕」が前提である。
水耕栽培とかプランターでは有機JASは取れない。
理念的に土づくり=有機だから土耕以外の有機JASはあり得ないのだった。

さて昨今のいちご狩りは地面から離れたところにいちごがなってて
収穫がすげー楽ちんだった! なんてところが多いが、これは
中空に浮いてるプランターで栽培するので高設栽培と呼ばれる。

土耕のいちごは常にしゃがんで作業しなくてはならないため年寄りにはキツイ。
土が近いからタンソ病にかかりやすいという人もいるがそれは不明だが、
高設栽培は作業性に優れているため、後継者がいるいちご農家は
高設栽培に切り替える人が多い。

また、食味を上げるために根の張りを制限して栽培するものもある。
根圏制限栽培をするとなぜ食味が上がるのかしくみはよくわからないが、
わたくしが見たことがあるのはトマトとぶどうで、確かに食味は良かった。

大地を守る会時代に南の島のパパイヤの提案が来たことがあるが、これも
地面にシートを敷いてチューブを通した液肥で栽培していた。

パパイヤは吸肥力が高すぎるからというような理由だった気がするが、
もちろん却下された。大地を守る会の出自は有機農業運動のため、
土づくりをしない液肥栽培は認められない。

そのためいちごの高設栽培も取引しないのだ。

さてトマトにもそういう「その他」の栽培方法がある
培地はロックウールという資材だったり土だったりとさまざまだが、
主に食味を上げるために行われる養液栽培である。

トマトは水分を少なめにして育てると糖度が高くなるが、
雨が降ったらどんどん水を吸うため、露地栽培などはある意味、
おいしくないトマトを作る栽培方法と言えなくもない。そのため
トマトは湿度など環境をコントロールできるハウス栽培が主流である。

ハウスでフツーに大玉トマトを育てると糖度はだいたい6度から8度くらいで
糖度が6度以下のトマトは「トマ」と呼ぶのだとわたくしの師匠は言っていた。
ほんたべ農園では5段目以降は「トマ」しかできないが、
自家用だからいいのだ。しかし買ったトマトが「トマ」だと腹が立つ。

しかしまあ、自分で栽培したら「トマ」しかできないことを考えると
しょうがないか!!! なんて思っていた。
さらに「何もかもが糖度重視になるのはいかがなものか!」とかで、
スーパーで売っている3個500円のフルーツトマトには興味もなかった。

のだが。

いつもおいしいトマトを送ってくれる農家のところに遊びに行ったら
養液栽培だったのだ。あらまあ。養液栽培だったのねって感じだ。

わたくしは元大地を守る会の産地担当のため非常に狭い了見で物事を見ており
養液栽培に対しても根拠のない偏見を持っていた。
「作物は土耕じゃないと認めん!」(振り上げる拳)てな感じである。

しかしこのトマトを食べたら拳がスカっと下がってしまった。
すげーおいしかったのだ。今まで食べたことがない甘さ、コク、全てが。
そして翌日届いた大地を守る会のトマトは「トマ」であった(泣)。

「大玉トマトには大玉なりのおいしさがあると思う。養液栽培絶対不可!」
なんてゆー感じのわたくしの産地担当脳の小さなささやき声は、
原始的な大脳辺縁系のあたりからの「甘いトマトすげー全然OK!!」
という叫び声にカンタンにかき消されてしまったのだった。

こういうのなんて言うのかな。大地を守る会的信仰を捨てたってこと?
あるいは教義から離脱したってこと? っつーか、
おいしいものに理念は勝てない、ってこと?

まあそれはともかく、この養液栽培のトマト全然OKと思える理由は、
たぶん農家がどうつくってるか、どんな人かを知っているからだろう。
「つくってる人を知ってる」ってのはわたくしにとって大切なものさしである。

とりあえず、今後は、栽培方法による偏見を持たない、ということで
素直な心で畑も作物も見ていきたいと思います。
大人になりましたよね。うふ。


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有機農業「運動」という重い外套を脱ぎ捨ててみたら?

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むかーし産地交流とかで産地と消費者を結ぶイベントをよくやってたが、
夜の飲み会で受け入れ農家があーだこーだ消費者に愚痴を言いまくり、
結局なくなった的なこともありました。建前はステキでも、
どこかでひずみが生まれるとそういう事故も起きるです。



「有機農業運動」とは1970年代に始まった市民運動である。

既存の流通や小売のやり方を踏襲せずに、消費と生産の連携により
安全な食べものを生産し消費するだけではなく、環境にも配慮し
子どもたちの世代に持続可能な社会を残そうと生まれたものだ。

大地を守る会はこの中心的な役割を果たしており現在に至る。

しかし現在の社員に有機農業運動とか語っても「はあ?」ってな感じではなかろうか。
ましてやオイシックスの社員においてをや。なんて言っては失礼か。すんません(ペコリ

わたくしが大地を守る会に入社したのは1992年。有機農業運動はまだホットであった。
どころか、脱原発運動、学校給食運動、牛乳パックとか低温殺菌牛乳運動
(知ってる人いるかな)等々の運動が花盛りであった。

わたくしは体を動かす運動ではないさまざまな運動があることを
大地を守る会で初めて知った。

「運動って体育の運動じゃないんすか?」とか当時の上司に口走り、
困ったような顔をされたことを思い出してしまったよははははは。

農家のおじさま方と話したり商品情報誌や機関誌の記事を書いているうちに、
それらの「運動」は知らぬ間に背中にべったりへばりつきわたくしの一部になった。
ことに気づいたのは退社して数年経ってからである。

背中から「有機農業運動」という甲羅がぺりんと剥がれ落ちるのに5年ほどかかった。
現在でもそのかさぶたは残っていてときどき厚くなったり痛くなったりする。
いまだに治療中なのである。しかし、少しずつ傷は癒えているらしい。
なぜなら、有機農業「運動」にときおり違和感を感じるようになったからだ。

違和感はどのあたりにあるか。

おじさま方で群れて若いもんの話を聞かないこと? 「俺が俺が」言うこと?
有機農業推進と言いつつ自分の技術に固執して仲間割れしちゃうこと?
お互いの悪口を言ったりして分裂しちゃうこと?

なんてことはまあ、あなたたちどうなのよ大人気ないわねとは思うが、
そういうことではなく、どうも「有機農業運動」のおじさま方に
マネジメント能力が欠けているからではないかと気がついた。
「人や組織を育てていない」というか育てられない気がするのだ。

数年前、千葉の農家と話していて、ある生産者団体の話になった。

そこでは見学者を受け入れる際に時間単位で料金が発生する。
有料にすることでマナーの悪い人、意識の低い人を排除することができて、
見学を受け入れた農家に日当が出るというしくみである。

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有料イベントにすると質のいい人が来るというのは
今ではよく知られていますが、以前はそうではありませんでした。
無料イベントは建前的には美しいけど質の悪い人が来ることがあり、
イベント終了後のクレームもすげーのが来たりするのです。
「有料イベントには優良な人が来る」。おお、美しいキャッチフレーズ!



「畑を見せるだけでお金取るなんてダメだよねー」と彼は言ったが、
わたくしは「おお、それはスゴイな」と素直に思った。
なんでもそうだが、無償とかボランティアで人を受け入れていると
質が悪く意識の低い人が来ることがある。ということが比較的多い。

自分の作業を数時間取られた上に
失礼な訪問者が来たら誰だって頭にくるでしょう。
しかししかし! これが有料になると来なくなるんですよ!

支払った金額分、何かを獲得して帰らなくてはという意識が生まれるから、
きちんとした人が来るようになり、受け入れ側のストレスもたまらない。
作業を中断してもその分の日当が出れば受け入れがいもあるというものだ。

その話をしてくれた農家は別の生産者団体の一員だったが、
見学を有料にする等の検討はせず「あそこはひでーなー」と
ただ単に「有料」の部分のみを切り取って怒っているのだった。

わたくしはこの「有料」の罪悪感は、もしかしたら有機農業運動の
「運動」部分がそう思わせるのではないかと考えた。
生産者と消費者はいっしょに手を取り合って運動してるのだから同志である。
であれば、見学者に対しても無償でなくてはならないのだ。

「運動」ではなくビジネスの一環として受け止めれば有料はアリだし、
受け入れた農家も来た人も皆がハッピーになれる方法を考えることが
マネージャーの役割だと思うが、それはできないようなのだった。

もしかしたら「運動」はミョーな足枷になっているのではないか。

世界はものすごい早さで変わっていて、消費者の意識も昔とは違う。
「有機だから」「無農薬だから」虫食いOKなんて人はいない。
有機農産物は見ためも良く、さらにおいしくなくてはならない。

少し前までは消費者も生産者もお互いに手を取り合ってやっていこう的な
有機農業運動の残り香が通用する人たちがたくさんいて、
「お互い理解できているよね」「うんうん」的な前提でおつきあいができたが、
現在急速に「そういうのウザいですから!」的な人が増えているのだ。

これは若い人ほど顕著なようである。とくに農家に。

しかし不思議なことに消費者には産地訪問的なイベントは人気があり、
農家の話を聞いたり農業体験したりするのは大好きなのだった。

つまり「運動」とかそもそもよくわかんないしどうでもいいけど、
「農業楽しい!」「畑行くのうれしい!」というシンプルな
「土と親しむ」的なヨロコビは今も昔も変わらずあるということであろう。

そのような意識の変化について行けず、過去に固執し変化できないから
「ウザいんですけど」とか言われてしまうのではあるまいか。

重い外套を着込んでいては軽やかに動けないし、どうかするとカビ臭くて嫌われる。
昨今のパタゴニアのダウンジャケットだってぺらんぺらんですげー軽くて暖かく、
10年前のもこもこダウンなんか着てるとすげー恥ずかしいのだ。
しかも動きも鈍くなるのだ。

おじさま方、そんな感じで「運動」というヨロイというか外套を脱ぎ捨てて、
「俺が俺が」ではなく全体を俯瞰してみて後進を育ててみてはどうでしょうか。
いや、若いもんもいつかはわかってくれますって。



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ビオセボンの売り場を見て思った大きなお世話

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昨今さまざまなところでマルシェが開催されておりますが、
加工品はともかく単価の安い青果物で利益が出るのかしら、と
以前から疑問に思っております。交通費とか考えると、
やっぱ補助金が出てる人は強いよね。


なんかこうビオセボンのことばっか書いてて申し訳ないのですが、
ビオセボンの売り場を見てわたくしはひとつ思い出したことがありまして、
大きなお世話だと思うけどちょっと書いてみます。

それは、小田急OXに大地を守る会の野菜売り場ができたときのことであります。

「大地を守る会」元社員としては悲しい話なのだが、
大地を守る会という名前は一般の方々にほとんど知られていない。
有機関係者と話すと知っている人が多いので勘違いしがちだが、
一般人で知っている人は20人にひとりくらいって感じだ。

つーことで小田急OXで「大地を守る会の野菜」と称して売っても、
地元の人々はほとんど知らなかったのではないかと思う。
当時は社員だったのでそんなことは全く思いもせず、単純に
一般のスーパーに大地の野菜が売られるのはスゴイ! と思った。

しかし当時の「売り場のウリ」は大地を守る会ではなく「有機農産物」であった。

成城学園前店だけかもしれないが、当時は隣の売り場に
「ポラン広場の会」で仕入れた有機農産物が売られていた。
大地を守る会の野菜は有機だけじゃないからね。

なので、ポランと大地、共通の農家のものが別々のタグで売られてる
なんてこともあり、ほほえましいというか複雑な心境だったりしたが、
現在ではポランのものはなくなってるように思うがどうだろうか。
まあ、いいか。

売り場の面積がけっこう広かったのでわたくしはいつ縮小するかとビビったが、
とくに狭くもならず、いまではその売り場にまっすぐ進む人をよく見かける。
そこに行けば大地を守る会の野菜が買えるとみんなが知ってるということだ。

これは小田急OXの売り場で大地を守る会がブランドになったということだろう。

ほとんど知られていなかった大地を守る会ブランドが定着した理由は不明だ。
ただ、最初の1年ほど、大地を守る会の営業がよく売り場に立っていた。
自らが説明しながら販売するのに加え、時々は農家に来てもらい
農家が説明しながら、また試食もしてもらいながら店頭販売をするのだ。
※こういうの「マネキン販売」といいます

交通費などはいっさい支払わなかったので来てくれない人も多かったが、
わたくしの担当していたりんご農家の母ちゃんなどは喜んで来てくれた。

朴訥な農家のかあちゃんがわあわあにぎやかに販売してくれると
買う人もうれしくなるのだろうとわたくしは思う。
実際によく売れる。試食してもらうとさらに売れる。

マネキンは「にこやかに笑う農家のおじさまの写真」効果に似ているが、
写真よりも「生きて話す農家」のほうが信頼感の醸成につながる。
話をすれば「売り場の向こうにちゃんと農家がいる」ことが実感できる。

その積み重ねが「なんとなく良さそう」から「良い」に変わるのだろう。

マネキンとあわせて売り場には生産者写真や情報もふんだんに貼り、
わたくしが撮影した写真などもときどき見かけうひーと思ったりしたが
最近はそういうのはいっさいやっていないようだ。

しかし情報がなくても人々は大地の野菜を買っているから、
とくにもう必要がないのかもしれない。たぶん定着したのだ。
今考えると営業の努力のたまものである。

つーことで、ビオセボン。

売り場には特定の農家の名前が印刷してある袋がたくさんあった。
農家直送の仕入れなら、もしかしたら市販のものより鮮度がいい可能性がある、
のだが、その鮮度を落としてしまってどうするんだと思うがそれは置いといて。。

フツーのスーパーでは個人農家のものはほとんど見かけないのだから、
その取引農家を軸に「個人農家との取引」が強調できるし、
農家に来てもらって売れば前述のような信頼感の醸成も可能だ。

麻布のおばさま方も農家が来て直接売ると言えば必ず来るだろう。
明治屋やナショナル麻布マーケットではそんなのやってないし、
彼女たちは「いいもの」には敏感である。いいものであれば高くても買う。

せっかくなんだから農家の写真や情報をふんだんに出せばいいと思うのだが、
全く出ていなかった。売り場の方針なのだろうか。

「あそこに行くといいものが売ってる」と定着するには努力が必要である。
「そもそも有機なんだからいい」だけでは麻布のおばさまは買ってくれない。
ビオセボンは売り場も広くていろんな売り方が可能なのに何もやってないのだ。

もー、すげーもったいない!! と思うわたくし(大きなお世話)。

「希少価値が伝わりにくい」大きな売り場の一部よりも
小さいから、個人の取引だからこそできることがたくさんある。
せっかくマルシェ風の売り場を演出しているのだから、
ほんとのマルシェにしてしまえばいいのに。日曜限定とかで。

なんて思いつつ、大地を守る会の営業ってエラかったのだなあと
いまさらながら彼の顔を思い出しているわたくしでありました。



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プロフィール

ほんたべ

Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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