有機農業も自然栽培も「目的」ではなく「手段」

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今年もぶどうの季節がやってきましたねー。巨峰の原種を自根でつくってる
佐藤善博さんの巨峰(マニア過ぎる評価)を今年も注文しました。楽しみ。
あと五十嵐晴夫さんのシャインマスカットもチョー楽しみす。



先日阿蘇で行われた有機農業関係のイベントの最後にこんなひと言を聞いた。
「有機農業を広めるために何をしたらいいか議論しました」

よく聞く言葉だ。しかし、この時なにかがチクリとひっかかった。
小さなトゲは東京に戻ってからもちくちくと何か言いたげだ。
何が引っかかったのだろう。今までもよく聞いてきたのに。

なので、このトゲの違和感についてちょびっと考えてみた。

「有機農業」とは1970年代に始まった農業の一形態の名前である。
2000年に「有機農産物」「有機栽培」「有機ナントカ」と表示するため、
JAS規格の一部として「有機農産物の日本農林規格」が法制化された。

【JAS規格には、品位、成分、性質その他品質に関する規格及び
生産の方法に関する規格があり、品質に関する規格は51品目、
197規格、生産方法に関する規格は15品目17規格が定められています。
そのうち、有機JAS規格は、生産方法に関する規格に該当し、有機農産物、
有機加工食品、有機飼料及び有機畜産物の4品目4規格が定められています。】
(はじめての人のための有機JAS規格 農水省サイトより)

1970年代、それまでの農薬と化成肥料に頼った農業をやめ
有機農業に変えた人たちはたくさんいて、彼らに共通するきっかけは
わたくしが聞いたところでは以下のようなものであった。

・農薬が危険だから使うのをやめたかった。
・みなに喜んでもらえる安全でおいしいものをつくりたかった。
・自分の子どもに食べさせる安全でおいしいものをつくりたかった。
※1970年代はチョーコワイ「ドリン系農薬」などまだ失効していませんから、
農薬は危険なものでした。この場合の「安全」は正しい認識です。

畑作もコメも果樹を栽培している人もみなが等しく
上記のような理由で有機農業に取り組み始めた。と思う。

化成肥料をやめて堆肥を投入し、できるだけ農薬を減らし
虫とか病気とかがビシバシ出まくるなかさまざまな技術を試行錯誤して、
より安全なもの、おいしいものをつくろうと考えていた農家の作物は
2000年に有機JASが法制化され「有機農産物」とは呼べなくなった。

有機JASにはこまごまとルールが決まっていて認証にはお金もかかる。
さらには使える農薬や資材もガッチリと決まってしまった。
それまで無農薬でがんばってきた有機農家のなかには
一律の規格である「有機JAS」でひと括りにされるのを良しとしない人もいた。

とくに果樹農家は、農薬の散布数をかなり減らしてがんばってきたのに、
つくったものは「特栽」という規格のワクに入れられることになった。
何十年も有機農業やって来たのにくそっ! と思った人は少なくないだろう。

でもちょっと待って。よく考えてみよう。

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果樹農家で慣行栽培から有機農業に切り替えた農家の方々からは
わりとリアルな「農薬まいて病気になった」話が出てきます。
最も農薬の被害を受けるのは散布する人であることを忘れてはいけません。
だからこそ、減らしてつくってる人のものをわたくしは買いたいと思います。



そもそもみんな「有機農産物」と表示したいために
農薬を減らして肥料を変えたわけではなかったはずだ。
「おいしいもの、より安全なもの」をつくりたくて
有機農業を選択したのではなかったか。

であれば、有機農業は目的を達成するための手段のひとつだ。
おいしいもの、安全なものをつくりたい、それが目的なのだから。

「有機農業を広めるために」でチクリと感じた違和感は
「有機農業=目的」と最終到達点のように聞こえたからだ。
本来手段であるはずのものが目的になってしまった違和感である。

昨今農水省では有機圃場の割合を◯%にするとか目標値を決めているが、
こちらは「有機JAS取得圃場及び有機農産物が増えること」が目的である。

「おいしいものを、安全なものをつくる」のが目的であれば、
手段は有機農業だろうが自然栽培だろうが慣行栽培だろうが
たぶん、べつになんでもいいのだ。できたものがおいしくて安全ならば。

ただ、言葉で分類すると差別化やイメージしやすいというメリットがある。
数年前まで「有機農産物」はどんなものかよく知られていなかったが、
最近では「オーガニック=なんとなくいい」と考えられている。

食べもの以外のコスメや衣類なども充実してきて、
「オーガニック」表示はますます意義あるもののように思える。
どのようにいいのかはとくに関係ない。

JAS規格という法律によってオーガニックという規格(表示)で
何かが担保されていると思えればいいからである。

しかし、言葉にとらわれて本質が見えなくなることがある。
わたくし自身もこのところそうなっていた。

先日果樹分科会のコーディネイターをすることになったとき、正直に言うと
「柑橘はともかく落葉果樹は有機関係ないからなー」とわたくしは思った。
過去に落葉果樹農家に「俺ら有機関係ねーし」と言われた際にも
わたくしも「だよねー」となんとなく答えたりしていた。

この場合の「有機」はわたくしにとっては有機JASのことだったが、
わたくしはこのとき「何言ってんの、ずっと有機農業やってきたんじゃん!」
と言わねばならなかったのではないか。

おいしくて安全なものをつくろうと長年有機農業に取り組んできた、
そして現在もそうであるその事実も価値も変わらないのだから、
有機=関係ないではない、と、言わなくてはならなかったのだ。

まず最初に「おいしくて安全な食べものをつくりたい」があり
その結果「有機農業」あるいは「自然栽培」を選択し、
さらにそのなかに「有機JAS認証」を取得する人がいる。しない人もいる。

わたくしは大地を守る会時代には上記きちんと認識していたのに
ここ数年すっかり忘れていたのだった。日々猛省するわたくしであります。


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「オーガニック=おいしい」は幻想である(宣言)

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枝豆をつくるのが上手な人っていますよね。この人の枝豆
とにかく絶品! って人。土なのか技術なのかは不明ですが、
枝豆って意外とおいしくつくるのがむずかしい作物だと思っとります。
粗放でもできそうだけど、粗放だとそれなりの味にしかなりません。



オーガニックの価値を尋ねられた際になんて答えるか。
有機農業関係者ならむーと悩んでしまうところでありましょう。

すぐに思い浮かぶけど同時に反論も思い浮かぶのが「安全性」。
何と比べて安全なの? っていうか、その他のものは危険なの?
とか聞かれるとグッとつまります。こんな質問には答えられません。

なのでわたくしは絶対に、ずえーーーったいに「安全」とは言いません。
でも栽培履歴が追え法律に準じてつくられていることから「安心できる」とは言います。

言いたくなるけど意外とちゃんとしたエビデンスがない「栄養価」。
一般的な栽培のものとオーガニックでは栄養価に差はない、というレビューが
2009年英国食品基準庁(FSA)から出されたのは記憶に新しいところです。

抗酸化物質とかその他まだわからない成分(波動とか)に優位性がある、
というような話になるとよくわからなくなってしまうため、
「現時点」では「差がない」と考えていいのではないかと思います。
きちんとした研究論文がそのうち出るでしょう。それを待ちましょう。

そんな「何にも言えないじゃん」的な状態のなか、
なんとなく説得力がある価値が「おいしさ」です。

だって農薬散布してないし化学肥料も使ってないし堆肥とかだし
生産者だって一生懸命つくってるもん、おいしいに違いない。
てな感じでしょうか。

一般栽培と比較してオーガニックは手間とかも大変なので
そのがんばりに対して「おしなべておいしい」と言いたくなりますが、
わたくし的には「おおむねおいしい」くらいかなと考えております。

とは言え「オーガニックって一般栽培のものよりおいしいんですよね?」
なんちて聞かれた場合、わたくしはとくに否定はしてきませんでした。
そう言いたい気持ちとか販促的にもすごーくよくわかるからです。

が、しかし。

先日わたくし有機JASマークのついているだだちゃ豆を購入しました。
枝豆は鮮度が命です。届いたら速攻で食べねばなりません。
さっと茹でてワクワクしてつまみ食いした有機だだちゃ豆は
悲しいことに渋みというかエグミの勝ったものだったのです(泣)

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以前西出さんとだだちゃ豆の畑を見に行ったことがあります。
広大な面積に植わってる豆は旱魃のせいでカルシウム欠乏が出ていました。
豆に潅水なんてしないよね、とおっしゃっていましたが、そのあたりが
おいしい豆をつくる人とそうでない人の違いかもしれません。とは言え
圃場が有機JASを取得していれば有機枝豆で出荷できるのです



そもそもスーパーで枝豆を買うことがないので、一般栽培がどうなのか
わたくしは知らないのですが、近所のJAが経営している直売所の枝豆は
(鮮度の問題もあると思うので単純に比較してはいけないのですが)
いつもステキにおいしくビールがビシバシすすみます。

プロのつくった枝豆が渋い(エグい)とはどういうことだあっ!!

理由が知りたくて師匠・西出隆一さんに電話して聞いてみたところ、
「渋みの原因は主にカルシウム不足だけどチッソが多くても出る」とのこと。
チッソ過剰は想像していましたがカルシウム不足は知りませんでした。
さすがは師匠です。

豆はカルシウムが大好きなのですが、枝豆を栽培していると
潅水設備のないところでは旱魃時にけっこうカルシウム不足が起こります。
水分がないとカルシウムを吸えない、ってのが原因です。

しかしここんとこ雨降り続きでどこも水は豊富にあったはず。
なので考えられるのはチッソの過剰です。
硝酸態窒素は水に溶けやすく雨が降ると作物はどんどん吸ってしまうのです。

チッソ分をそれほど必要としない枝豆がチッソ過剰になる理由は
そもそも下手くそ、あるいは土づくりができていない、残肥があった、
何も考えず減反の畑に堆肥を入れてつくった、などが考えられます。

あんたねー、そこまで言う? とか言われそうですが、
わたくし的には家庭菜園の素人(わたくし)がつくるならまだしも、
プロの農家が渋い枝豆をつくるなど許せん! と思ってしまったのです。
わたくしの心はこと枝豆に関しては非常に狭い、と言えるでしょう。

以前腹立つほどおいしくない有機サトイモを食べたときは
二度と買わなきゃいいんだもんねと思った程度でした(告白)。

ケチ臭いことを言うようですが、有機という価値のぶん価格もそれなりです。
であれば、食味にもう少し気を使うべきではないでしょうか。つーか、
有機JASマークがついているからこそおいしいものであって欲しい、というのは
わたくしのエゴなのでしょうか。うううううう、そうなのかなー(泣)

わたくしは渋い枝豆を食べつつ自分にガッカリしてしまいました。

なぜ? オーガニックに期待を持ちすぎていたことに?
そういう先入観を持たない自分でありたいと思っていたのに、
オーガニックは特别だとなんとなく思い込んでいたことに?

自らを激しく反省し、今まであいまいにしていた

「オーガニック=おいしい」は幻想である、とここに宣言いたします。

そういうことを言う際には「おおむね」をつけましょう。
いや、つけなくてはなりません。

しかしいつか「オーガニック=おいしい」と言える日が来るといいな。
とエゴ丸出しで希望を述べてみるわたくしです。


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除草剤についての理想と現実について思うこと

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北海道の広大な玉ねぎ畑で手取り除草中。左側が除草済み、右側まだ。
農家だけではできないので当然パートさんを雇います。
面積が多くなるとその経費とパートさんの確保だけでも大変です。


大地を守る会では除草剤の使用は米を除いて禁止である。
米のみは初期の除草剤一回散布はOKで、
販売の際は「除1」と記載されていたが今はどうかな?

稲作に関しては除草の手間がものすごーく大変なことに合わせ、
初期に一度散布するとその後の草が抑えやすいことによる。
一回散布だが成分数としては4剤とかである。
一度まいとけばいろんな草に効きますよ的なもののようだ。

しかし畑作・果樹の場合は、本圃場のみならず、
畦畔(あぜ・圃場周り)などへの使用も原則禁止である。

とは言え果樹産地など傾斜地で山の中という条件の悪いところがあり、
畦畔・法面の手刈り除草はちょっと命にかかわるかもみたいな
危険を伴うところもあるので、そういう場合は応相談(だと思う)である。

除草剤が圃場のみならず畦畔及び通路等の圃場周りで禁止なのは
環境保全型農業に除草剤使用はあり得ないこと&
そもそもの出自が有機農業運動であることが大きい。(と思う)

「なんで?」としみじみ考えたことがなく「そういうもん」
という認識だったことに最近わたくしは気がついた。
産地担当時には圃場周りの除草剤散布を発見したことが数度あり、
その年の取り引きはできないという判断をしたこともある。

ちなみに有機JAS認証では圃場に除草剤を散布していると取得できない。

有機許容農薬に除草剤の名前はなく、圃場周りについては
「その影響が及ばない距離」までの散布はOKかもしれない。
しかし有機JAS圃場間の通路などには散布は不可だろうと考える。

でも有機農家の駐車場には散布しても全然かまわないのだ。
だって畑じゃないもんね。

さて先日、元担当農家から数年ぶりに電話があり、
メンバーのお一人が抜けることになったと知らされた。

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田んぼの除草機。初期に使うとなんかすごーくよく取れるんだって。
田んぼに草を生やしすぎると収量が減るので大変なのだが、
こういう機械を持ってないところは手押しの除草機を延々押すとかで
腰が痛くなったりして人が傷んで大変。



理由は高齢化により圃場周りの手取り除草がむずかしくなった。
だから除草剤をまかないととてもやれない、でも、
圃場周りに除草剤をまくと大地には出荷できないからやめる、と言う。

この方たちはむかーしから有機農業に取り組んできた方々で
わたくしは「農薬まけば」とかうっかり言ってよく怒られていた。
まきたくないから我慢してるのに産地に寄り添うべき担当がそんなこと言うな! 
って感じだったのだろうと想像するわたくし(反省)。

この産地は果樹シーズン真っ只中の10月に行く最初の畑作産地で、
わたくしは毎回落葉果樹産地対応の「果樹脳」のまま訪問していた。
果樹脳とは「農薬OK! っつか初期に叩いとけ!」的なイケイケ脳である。

まきたくなくとも農薬を散布しなくてはむずかしいからまく落葉果樹農家と、
まきたくないから何かあったときにもじっと我慢してしまう畑作農家とでは
農薬に対する考え方がすこーし、というか大きく違うのだ。
申し訳ないが、わたくしはここで「畑作脳」に切り替えるのが常であった。

その「農薬できるだけまきたくない」と言っていたメンバーの一人が
圃場周りに除草剤まかないとやれない、と言っているのだった。
有機農業運動を支えてきた人の一人が、である。

わたくしはこの話の前に同じようなことを別の所で聞いており、
「除草剤」についての考え方をリセットする必要があるかもと思っていた。
この場合は耕作放棄地の草管理なので内容は少し違うが、
「高齢化」というキイワードは同じである。

若いころには問題なくできたことが年を取るとむずかしくなる。
昔は良くても今の時代に合わないこともある。

有機農業運動が1970年代に始まってすでに50年近くになる。
当時バリバリで若く理想に燃えていた農家も70歳近くになっていて、
その若い後継者は有機農業運動のなんたるかなど知る由もない。
というか「ウザい」と思っている人の方が多いかもしれない。

生まれたら親はすでに有機農業やってた、という人も多く、
「なんでそんな手間のかかることを」と心の底で思っている人もいる。
生産物がいい値で売れる強い産地では有機などやらなくても作物は売れる。
そっちの方がはるかに楽だったりもする。

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自然栽培の方の畑でも地主の場合草を生やしててもへーきです。
境目が見えづらいのですが「畦畔」とはこの手前のあたりのこと、
法面とは後ろの傾斜のあるあたりのことを言います。
ジャリが多い土質の場所では草刈り機を使うと小石が飛んで危険なので、
手取りでやるしかない、というところもあり、それはとても大変です。


そういう人たちに「圃場周りの除草剤不可」はめんどうでしかない。
親の思想が勝っている間はやれたとしても、息子がビジネスライクに
自分の手間と親の思想を天秤にかければ、手間が勝つに違いない。

大変だけどがんばって手取りでやるぞ! と思っている場合でも
除草対策でパートさんを雇うとそれなりに経費はかかるし、
シルバー人材センターにお願いしたら熱中症で倒れられたりして
わあ、大変。ってなこともある。

農業者の高齢化は加速度を増しているのだ。
そのうち昔のものさしが合わなくなってくるのではないか。

わたくしは昔「圃場周りの除草剤はダメなんだよね。今年の出荷は
相談させてください」と平気で言っていたことを思い出す。
今になって、基準だから当時はそういう対応でいいんだけど、
それはほんとのところどうだったのかとちらりと思ったりする。

最近は老眼で見が見えなくなり小さな虫など全部見逃してしまうが、
目の前にある現実はきちんと見ることができるようになったのかもしれない。
というか、酸いも甘いも噛み分けたおとなになったということだろうか。

なんちて。

ともあれちょっと問題提起してみたくなりました。


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もしかしてこれからが正念場なのではオーガニック

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大地を守る会の最後の総会が先日行われたようであります。
以下の例にならって考えると、現在の敵はOisixなのではないか、と
しみじみ感じた次第です。


昔、大地を守る会の規約には「人の悪口を言わない」と書いてあった。
今はどうか知らないが、この小学校の学級目標のような言葉が
わたくしはずっと不思議であった。

大地を守る会の機関誌を制作していた2006年、
会長の藤田和芳さんのインタビューを企画したことがある。
藤田さんは学生運動の闘士だった、と知っている人も多いと思うが、
このとき、藤田さんは以下のような話をした。

「学生運動がうまく行かなかった理由を最近よく考えていて、
ああ、そういう理由だったのかなと気づいたことがあった。
わたしたちには大きな敵があったのに、お互い協力することなく、
自分たちの主義主張の違いが許せず、結局内部崩壊してしまった。
多様性を許せなかった。これが失敗の原因ではないかと思う」

大地を守る会発足当時、集まった農家同士がよく批判し合っていた。
これでは前に進まない。だからお互いを批判しないという文言を
規約に入れたのだとそのときわかった。

実際の農家がどうだったかと言うと「あの人の大根どーなの、あれでいいの」
とかの毒は非常にしばしば聞いたが、悪口は言わなかったように思う。
小学生みたいな決まりごとでも効果はあったのだ。

しかし、有機農業のエライ農家の人たちは悪口を言い合う。
そしてお互いの思想の違いを許さず何かと言えば分裂する。
まるで学生運動の人たちのように。

なぜ仲違いするのか。
それは「敵の不在」によるものである。と最近気がついた。

1975年、有吉佐和子さんの『複合汚染』をきっかけにして、
有機農業運動は大きく広がりを見せ大地を守る会も設立された。

このとき、農村で有機農業を営む少数の農家は、
JAからは取り引きを停止され、地域から孤立した。
農水省は有機農業などありえないなどと言い、
有機農家は四方を敵に囲まれている状況だった。

孤立しながらもやっていけたのは強固な「思想」があったからだ。
「思想」は自らの軸であり、核であり、アイデンティティである。
思想は盾になり自分を守る武器にもなった。

農家の産物を買い支え支援した消費者にとっても農家の敵は敵である。
消費者も「子どもたちの未来のために」とか「環境を守るために」などの
非常にストイックな、しかも利他的な美しい思想で武装する人が多かった。
これは大地を守る会などの流通も同じである。

消費者と農家と流通は敵(JA、農水省、国、慣行栽培)に向かって拳を振り上げ、
いつか有機農業があたりまえになる日を夢見て一丸となった。

1980年代後半に「食の安全」がブームになり、思想を持たない人々も
有機野菜が欲しいと思うようになった。わたくしはこの世代である。
有機農業はブームになり、なんちゃって有機等の優良誤認が問題になり、
農水省が有機農産物の表示の法律をつくろうと動き始めた。

「理念なき表示制度では有機農業の振興にならない!」と、
有機農業関係の人々は農家も流通もこぞって反対した。
わたくしは大地を守る会のなかでこの反対運動を見ていたが、
実は何を反対しているのか当時ほとんどわかっていなかったと思う。

結局有機JAS法は成立し、その後大地を守る会でも有機JASの取得を推奨した。
あの反対は何だったのか。とわたくしたち産地担当の多くは思った。
わたくしは反対の理由がなんとなくわかる気がする。農水省は「敵」だ。
敵がつくる制度など許せるはずがなかったのだった。

そして2006年12月、議員立法で有機農業推進法が定められ、
有機農業は国の方針となった。有機農業者皆が夢見た瞬間である。
と同時に、目の前の敵がいなくなった。振り上げた拳の行く先は?
目の前にいるのは仲間だ。今までいっしょに運動してきた農家だ。

かつての敵の補助金で夢見ていた有機農業推進事業を始めてみたが、
なぜかほとんどうまくいかなかった。

敵を失い目を凝らしてみると自分たちの小さな違いが鼻につく。
武装した思想はもう必要ないのに武装解除できない人々はお互いを攻撃した。
有機農業推進法ができて10年経つのに、農水省の
「有機農業を巡る現状」に書いてある課題は全く変わっていない。

しかしおじさまたちが仲違いをしている間に
「有機楽しいよね」と新しく参入してくる若者たちが増えていた。

若者たちは自分なりの思想、というか有機農業に取り組んでいるうちにできた
軸や核のようなものをそれぞれが持っているが、とくに武装はしていない。
しなやかに自分と他人の違いを受け入れ農業を粛々と楽しんでいる。

彼らの野菜を買う消費者も「子どもたちの未来のために!」などと
とくに拳は振り上げていない。有機の野菜はおいしいし、
畑に行くと楽しいし、有機って農業っていいよね、くらいの感じだ。

拳を振り上げていた人にはこれが不安だ。このままでいいのか! いや、よくない。
苦労してきたオレがちゃんと有機の思想を伝えなければ! などと考える。

消費者も「なんとなく良さそうだから」と買う人々のことが不安だ。
このままでいいのか! もっと環境問題に目を向けて! などと思ってしまう。

そして今年、オーガニック専門スーパーができた。
とある人によると今年は「オーガニック元年」なのらしい。

しかしわたくしはふと思う。有機業界が思っているよりも早く
オーガニックはあたりまえになっており、すでに
「数ある選択肢のひとつ」になっているのではないかと。

成城石井にもサミットの売り場にもオーガニック食品は並んでいて
大地を守る会のようなクローズドな会員組織に入らなくても手に入る。
オーガニックは普通になり、特别なものでなくなっているのでは。

夢見た目標に到達してみたら、存在意義がなくなってしまったのでは。
しかし一般化するというのはそういうことである。

振り上げた拳の行先はどこにもなく、共通の敵はもう存在しない。
同じ思想を持っているからわかってくれるということもない。
そうなると評価されるのは純粋につくるものの品質や発信する情報となり
慣行栽培同様「高く売れる人」「そうじゃない人」に分かれていく。

有機農業界はすでに「有機は普通」という前提に立つべきではあるまいか。
そこから何をすべきか、何を変えていけばいいのか考えるべきなのでは。

わたくしはまだ何も思いつかないが、これからが正念場のように思える。

頭のいいおじさま方は今こそ出番ではないでしょうか。
武装解除して、よろしくお願いいたします。


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お買いものは世界を変えるか、その2

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そろそろさくらんぼの季節ですねえ。くだものはスーパーで買うより
農家にお願いして送ってもらうほうがおいしいのです。
くだものを食べて幸せになりたいなら直送に限ります。



『ほんとうにおいしいものはお店で買えない』(雷鳥社)を読んでおります。

これはわたくしが2014年に出版した本なのですが、
今読んでも非常におもしろいのでご興味ある方はぜひご欄ください。
最後のQ&Aなどは編集者の方の素直な質問に直球で答えていて、
かなり笑えます。(なにげに、というか積極的に営業)

さて、出版はたった2年半ほど前なのにいろんなことが変わっていて、
月日の流れるのは早いものよのう(遠い目)などと思ったりする。

まず、書いたときには施行されることは決まったがルールはまだだった
「新食品表示法」のルールが決まり、当時心配されていた
「遺伝子組み換え食品表示が後退」とかその他もろもろは杞憂に終わった。
食品表示法では新しく「栄養成分表示」が義務付けられた。

加工品メーカーには負担だが確実に消費者の利益にはなっている。
というかわたくし的に非常に利益を享受しております。

また、米国でも遺伝子組み換え食品の表示が義務付けられた。
表示といっても逃げ道がたくさんありすでに決まってた州法を骨抜きにするとか
非難ゴウゴウなのだが、一応はスゴイことなのだろうと思う。
っていうかその後これどうなったんだっけ? もう表示中?

さらに日本では全加工品について主たる原料の原産地表示が義務付けられる
かもしれない。っていうかこれ、どうなったんだっけ? まだ検討中?

さらにさらに。「地理的表示制度」が導入された。
法律の名は「特定農林水産物の名所の保護に関する法律」だ。

たとえば鳥取の名産・らっきょうに「鳥取砂丘らっきょう」とか
「夕張メロン」とか「神戸ビーフ」とか「市田柿」とか「但馬牛」とか、
地域ブランドを登録し「地理的表示(GI)」マークを付けることで
国内はもちろんだが条約を締結した海外でもブランドが保護されるのだ。

http://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/outline/attach/pdf/index-28.pdf
地理的表⽰法についてー特定農林⽔産物等の名称の保護に関する法律ー

最近ではベトナムと覚書を交わしたとかいうメルマガが来ていたが、
加盟してない国、二国間の締結を行っていない国とは
そういうのができない。たとえば中国とか。うううううダメじゃん。

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この2年間で一番びっくりしたのは、栄養週期の達人と知り合って、
原木の自根である巨峰を食べたこと。ものすごーーーくおいしかった。
巨峰なんてってバカにしてたけど、もうほかの巨峰は食べられないくらい。



んでは、オーガニック界隈では何が変わったかな? 実は大きく変わった。
なんと、東京にオーガニック専門スーパーができた。また、
2014年に比べて近所のスーパーのオーガニック率が確実に上がっている。

つまりオーガニックはおおむねあたりまえになった。

そう言えばオーガニック専門スーパーはその後どうなったんだっけ?
最近全く報道で見かけないけど便りのないのはいい便りってことかしら。

たった2年で世の中の動きは目まぐるしく変わり、その他
体にいいと言われる食べものも次々に登場しては消え、今や
ココナツオイルって何でしたっけ? 的な感じになってたりも、
えーと、とくにしてませんか? まだ流行ってる?

んで、わたくしは自身が書いた本を読んでしみじみと思った。
やっぱりお買いものは世界を変えるのだと。

昨今では有機農業運動!(振り上げる拳!)的な感じではなく
「オーガニックってわかんないけどなんとなくいいんですよね?」的な
ゆるーい感じでオーガニックを選択する人が増えているようだ。
ゆるくても全然OKである。裾野が広がればニーズは増すからだ。

市場には消費者の購買行動に沿った商品が提供されるから、
誰かが買わなければ流通も小売もできない。だから一昔前は
オーガニックはクローズドなマーケットだったのだ。

それが一般的になった、ということはやはり「お買いものパワー」によるものだろう。

なにしろ大地を守る会がなくなり、より一般ピープルに訴求している
Oisixといっしょになるのだ。オーガニックが特别ではなくなった、
という何よりの証拠ではあるまいか。

オーガニックの畑や田んぼが増えれば、栽培する人間が幸せになるだけでなく
小さな生きものが増えて多様性が増し、世界はますます美しくなるだろう。

これからも皆がおいしいものを食べて世界を美しくするのだ。

それは以前のような激しい「有機農業運動」ではないが、だからこそ
確実に世界を変えられる「静かで幸せな革命」だとわたくしには思える。


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おいしいトマトと栽培方法についての話

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ほんたべ農園で粛々と大きくなりつつあるトマト。
今年はなんか暑いせいかやたらと生育がいいのが不思議です。


野菜の栽培方法ってどんなものがあると思います?

まず最初に「有機栽培」と「一般(慣行)栽培」ってのが思い浮かぶが、
これは肥料とか農薬についての分類方法で、そのほか、ハウス、露地など
環境での分類方法、また、促成栽培、抑制栽培など栽培時期の分類など、
「栽培方法」とひとことで言ってもさまざまである。

上記は主に地面の上の話だが、実は地面についての分類もある。
地面で栽培する「土耕」そして水耕栽培とか根圏制限とかの「その他」である。
実は作物は「地面で育てる」のが常識ではないのだった。

ちなみに有機JASを取得は「土耕」が前提である。
水耕栽培とかプランターでは有機JASは取れない。
理念的に土づくり=有機だから土耕以外の有機JASはあり得ないのだった。

さて昨今のいちご狩りは地面から離れたところにいちごがなってて
収穫がすげー楽ちんだった! なんてところが多いが、これは
中空に浮いてるプランターで栽培するので高設栽培と呼ばれる。

土耕のいちごは常にしゃがんで作業しなくてはならないため年寄りにはキツイ。
土が近いからタンソ病にかかりやすいという人もいるがそれは不明だが、
高設栽培は作業性に優れているため、後継者がいるいちご農家は
高設栽培に切り替える人が多い。

また、食味を上げるために根の張りを制限して栽培するものもある。
根圏制限栽培をするとなぜ食味が上がるのかしくみはよくわからないが、
わたくしが見たことがあるのはトマトとぶどうで、確かに食味は良かった。

大地を守る会時代に南の島のパパイヤの提案が来たことがあるが、これも
地面にシートを敷いてチューブを通した液肥で栽培していた。

パパイヤは吸肥力が高すぎるからというような理由だった気がするが、
もちろん却下された。大地を守る会の出自は有機農業運動のため、
土づくりをしない液肥栽培は認められない。

そのためいちごの高設栽培も取引しないのだ。

さてトマトにもそういう「その他」の栽培方法がある
培地はロックウールという資材だったり土だったりとさまざまだが、
主に食味を上げるために行われる養液栽培である。

トマトは水分を少なめにして育てると糖度が高くなるが、
雨が降ったらどんどん水を吸うため、露地栽培などはある意味、
おいしくないトマトを作る栽培方法と言えなくもない。そのため
トマトは湿度など環境をコントロールできるハウス栽培が主流である。

ハウスでフツーに大玉トマトを育てると糖度はだいたい6度から8度くらいで
糖度が6度以下のトマトは「トマ」と呼ぶのだとわたくしの師匠は言っていた。
ほんたべ農園では5段目以降は「トマ」しかできないが、
自家用だからいいのだ。しかし買ったトマトが「トマ」だと腹が立つ。

しかしまあ、自分で栽培したら「トマ」しかできないことを考えると
しょうがないか!!! なんて思っていた。
さらに「何もかもが糖度重視になるのはいかがなものか!」とかで、
スーパーで売っている3個500円のフルーツトマトには興味もなかった。

のだが。

いつもおいしいトマトを送ってくれる農家のところに遊びに行ったら
養液栽培だったのだ。あらまあ。養液栽培だったのねって感じだ。

わたくしは元大地を守る会の産地担当のため非常に狭い了見で物事を見ており
養液栽培に対しても根拠のない偏見を持っていた。
「作物は土耕じゃないと認めん!」(振り上げる拳)てな感じである。

しかしこのトマトを食べたら拳がスカっと下がってしまった。
すげーおいしかったのだ。今まで食べたことがない甘さ、コク、全てが。
そして翌日届いた大地を守る会のトマトは「トマ」であった(泣)。

「大玉トマトには大玉なりのおいしさがあると思う。養液栽培絶対不可!」
なんてゆー感じのわたくしの産地担当脳の小さなささやき声は、
原始的な大脳辺縁系のあたりからの「甘いトマトすげー全然OK!!」
という叫び声にカンタンにかき消されてしまったのだった。

こういうのなんて言うのかな。大地を守る会的信仰を捨てたってこと?
あるいは教義から離脱したってこと? っつーか、
おいしいものに理念は勝てない、ってこと?

まあそれはともかく、この養液栽培のトマト全然OKと思える理由は、
たぶん農家がどうつくってるか、どんな人かを知っているからだろう。
「つくってる人を知ってる」ってのはわたくしにとって大切なものさしである。

とりあえず、今後は、栽培方法による偏見を持たない、ということで
素直な心で畑も作物も見ていきたいと思います。
大人になりましたよね。うふ。


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プロフィール

ほんたべ

Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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