祖母の物語


昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下されました。

当時この爆弾の詳細はよくわからず、しかし甚大な被害をもたらしたことは
中国地方の他県に迅速に伝わったようです。

広島市内の医療機関が壊滅状態に陥ったため、
他県から医師・看護婦などの医療団が、続々と広島にかけつけました。
その記録は、平和記念資料館に詳細に残っています。

私の祖母は、その医療団のうちの一名でありました。
看護婦だった彼女は、原爆投下後の広島で医療活動をしていたのでした。

祖母が何を見たのかは、知る由もありません。
広島の話を、祖母はほとんどしませんでしたから。

しかし、中学生の頃、一度だけなぜか話し始めたことがありました。
それはしかし、感受性の強い10代の少女にはかなり衝撃的な話であり、
二度と聞きたくないという類の話でありました。

薬品が赤チンしかなかったため、バケツで赤チンを溶いて
火傷した人の頭からかけるしかなかったこと。
次々に人が死んでいったこと。
原爆資料館のロウ人形の指先からぶら下がっているのは、
シャツではなくて自分の腕の皮膚であること。
その皮膚をハサミで切り取ることが最初の作業だったこと……。

何十年も経ち、その話はほとんど思い出せません。
きちんと聞いておけばよかったのです。

今、私は、当時の自分の幼さを後悔しています。

被爆者手帳を持っていた祖母は、その後男女二人の子をもうけました。
(後妻だったため、私とは直接の血のつながりはありません)

原爆投下後の広島にいた人々がその後何年も経ってからどうなったか。
看護婦だった祖母は、そのことがよくわかっていたはず。

自分ならまだしも、自分の子どもたちに何かあったら…
そんな不安を持ち続け、生きていく人生。
被爆者手帳とともに、もっと大きな荷物を背負って生きていた祖母。

しかし、叔父も叔母も元気に育ち、祖母自身も病むことなく、
67歳のある日、お風呂場で倒れて亡くなりました。

8月6日になると、祖母のことを思い出します。

直接原子爆弾の被害に遭ったわけではなく、二次被害に遭った人たち、
他者を助けに広島に行き、その後の人生を不安とともに過ごした人たち、
普通に生きて死んだ人たちは、もっともっといるに違いありません。

私たちの世界に、原子力は必要なのでしょうか。
放射性物質から生み出される火は、必要なのでしょうか。

いま一度、考える時が来ているような気がします。


トップページイメージ写真①


以下「第十節 県外その他からの救援(平和記念資料館)」より抜粋して引用

8日には、島根県・山口県両医師会から、9日には、鳥取県医師会から、
10日には・兵庫県医師会、21日には大阪府医師会からというように、
続々と医療救護班が来援した。

広島市内の医療機関が壊滅状態に陥り、
広島市を取りかこむ県下各市町村の医療機関も、
多数の負傷者を抱えこんで、身動きならぬほどの大混乱を呈していたとき、
これら県外各地からの医療救護班の来援は、
まさに地獄に仏のありがたさであった。

多くの救護班は、その部署に着くと、まったく不眠不休という医療活動をおこない、
大いに感謝されたが、中には、被爆の惨状をただ視察に来ただけというような
救護班もあったと言われる。しかし・救援警防団の中にも、
負傷者の余りに凄惨な状態を見て気を呑まれ、
なんらなすところなく引返した者もあり、これらは衝撃で精神の平衡を失い、
自信も喪失したのであろう。

四国から救援隊が来なかったのは、瀬戸内海に浮遊機雷が多く、
渡航が危険であったためと言われるが、終戦までは、
敵の本土上陸(土佐沖)に対処する作戦上から、
救援隊出動により防衛力の削減されることを恐れたためでもあったと思われる。

・県外救護班の出動状況表
※以下鳥取からの派遣のみ引用
8月8日
医師 1 1名、歯科医師3名、 薬剤師4名、看護婦 49名、事務補助5名 計72名
派遣場所・市役所・中山国民学校等
8月15日
医師12名、歯科医師2名、薬剤師6名、看護婦32名、 事務補助2名 計54名
派遣場所・舟入・江波・己斐等

・鳥取赤十字病院の出動
また、鳥取赤十字病院の活動状況は、同病院の保管する記録によれば、
鳥取県知事から広島市救護のため救護班派遣方の要請があり、
急ぎ救護班を編成し8月8日に出発、医員2人・薬剤員1人・書記1人、
看護婦長1人・看護婦10人・看護婦生徒(2年生)10人・小使1人・計26人が、
9日に入市した。同9日は、広島市庁舎の臨時救護所において医療救護にあたった。

患者の特質は爆風による顔面その他の火傷で油薬その他適宜の処置をおこなった。
夜間は救護員が交替で不寝番に立ち救護任務の万全を期した。

施療患者は579人(男 258人、女321人)、死亡者男6人・女4人、
他の病院へ転送したもの女1人という状況で10日、11日は広島赤十字病院を応援し、
10日は250人、11日は午前中約130人の施療をおこなった。

広島赤十字病院で鳥取班が独自に施療したもの約70人であった。


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原爆の日

こんばんは

ほんたべさんの叔母様が医療団の一員として広島に駆けつけてくれたとは知りませんでした。
広島のために大変な思いをされたことと思います。
多くを語られなかったのは、衝撃的な風景を目の当たりにし当時のことを思い出したくなかったのではと察します。

私の両親含め親戚は瀬戸内海の島で暮らしていたので、直接の被害には遭わなかったそうですが、父が呉の海軍工廠で勤労奉仕中、広島に黒い雲が湧き上がったのを覚えているそうです。
当時の状況についてもっと知っているような感じなのですが、私の父も多くは語りません。
当時広島の人とは結婚するな、広島にはこれから30年草も生えんという、デマまで流れていたそうです。

原爆により広島、長崎は一瞬で多くを失いました。
福島原発事故の犠牲者はこの先どうなるのでしょうか?
利権の巣窟である、原発が将来にわたり必要なのでしょうか?
有識者の方たちはもっと真剣に考えて欲しいです。

今日の原爆の日の首相演説は当たり前のことばかりで残念な内容でした。

核は要らない

こんばんは。
語り継ぐことの辛さと大切さですね。
ヒロシマ・ナガサキで色々な方のお話しをお聴きしましたが、
自分の想像を絶するお話しでした。

>今、私は、当時の自分の幼さを後悔しています。
後悔されて、このブログを書いている時点で
お祖母ちゃんの想いを受け継いでいると感じます。

一刻も早く、この地球上から
核兵器と原発が無くなることを!

Re: 原爆の日

ポポカさん

こんばんは。

> ほんたべさんの叔母様が

お祖母ちゃんなのでした。すんません。

> 多くを語られなかったのは、衝撃的な風景を目の当たりにし

ひょっとしてかん口令しかれてたのかな…とかちょびっと思いました。
中国地方の人は知ってたみたいだけど、東京とか東日本に行くと、
広島の原爆の話を知らない人もかなり長い間いたとかどうとか聞いたことがあります。

今日NHK見てたら、GHQが情報統制したと言ってましたです。

>
> 父が呉の海軍工廠で勤労奉仕中、広島に黒い雲が湧き上がったのを覚えているそうです。

小学校のころ「ほんとは呉に落とす予定だったけど、風で流れて広島になった」という話を、
叔母ちゃんに聞きましたです。そういう噂だったのかな?
(じいちゃん一家が転勤で広島市に住んでたので、夏休み遊びに行ってた)


> 当時広島の人とは結婚するな、広島にはこれから30年草も生えんという

草木は茂り、町は見事に繁栄してますよね、広島。
小学生の頃、鳥取から行くとその繁栄に目がくらみました。

原発も、じゃがいもへの食品照射も、原子力の平和利用という看板がついてます。
平和利用なんてあり得るのか。今年その看板に大きな疑問符がつきました。

いろんな意見があると思いますが、デメリット・メリット併せて、
いろいろと議論していくといいと思います。

今まで議論のきっかけすらなかったのですから。
私自身は平和利用などあり得ないと思っています。

Re: 核は要らない

スナフキンさん

こんばんは。

> ヒロシマ・ナガサキで色々な方のお話しをお聴きしましたが、
> 自分の想像を絶するお話しでした。

聞いて想像するのと、実際とは相当違いがあるんだろうなと思いながら、
テレビとか本を読んでますです。
今日もNスペみましたが、写真はモノクロだし。動かないし。
やっぱり、想像できないです。

> 後悔されて、このブログを書いている時点で
> お祖母ちゃんの想いを受け継いでいると感じます。

ありがとうございます。

25万人弱の死者それぞれに家族があり、笑ったり恋したりしてたのだろうなあ。
原爆から生き延びて寿命をまっとうした人たちも、それぞれの人生があったのだと、
この年になって、実感できるようになりました。

遅すぎって感じですが、でもまだ間に合うかも…と思って、今回書いてみたのです。
今さら、その重さを実感しております。

No title

ほんたべさんこんばんは。

うーんそうでしたか。
お祖母さま、たいへんご苦労なさったのですね。

>しかし、中学生の頃、一度だけなぜか話し始めたことがありました

おそらくはじめから決めていらっしゃったのではないでしょうか、
「この子が中学生になったら話してやろう」と。
それ以前では、きっと今覚えてらっしゃるお話よりももっとぼんやりした記憶しか残らなかったかもですね。

日本はこういう(あってはならないことですが)貴重な体験を経ておきながら、
一方で現在も福島ではああいう事態になっているという。

先日の衆院厚生労働委員会での児玉龍彦先生のお話によりますと、
今回の原発事故ではすでに広島型の約30倍もの放射性物質が漏出していると。
今後数年で人々にどのような影響が出てくるか、まったく未知数です。
中にはまったく問題ないとおっしゃっている専門家もいるようですけれど。

こんな状況におかれてなお日本が変われなければ、
正直これ以上この国に住む意味が見出せなくなりそうです。
僕個人としては、色んな意味でいい方向にいくのではないかという根拠のない確信はありますが。

ではでは

Re: No title

Fuさん

こんにちは。暑いですね~。

> おそらくはじめから決めていらっしゃったのではないでしょうか、
> 「この子が中学生になったら話してやろう」と。

そうなんでしょうか。
そうかもしれませんね。

娘や息子(叔父・叔母)にも、あまり話してなかったみたいでしたから。
それまでは、ホラー話で孫をさんざん怖がらせる祖母でしたから。

> 先日の衆院厚生労働委員会での児玉龍彦先生のお話によりますと、
> 今回の原発事故ではすでに広島型の約30倍もの放射性物質が漏出していると。

恐ろしいですね。
それにしても、大丈夫と言ってる人の根拠も不明だし、自分で判断するしかないんですよね。

こういうと不謹慎かもしれませんが、我々は今大きな人体実験の渦中にあるってことですよね。

おそらくこれから集まるデータは、今までどの国でもできなかった、
放射能の影響を測るにはとてもありがたいデータになるはずです。

ってことは、とりあえず警戒しすぎる位警戒した方がいいってことでしょうね。
広島だって二次被曝なんて誰も想像しなかったのですから。
皆、大切な人を探しに広島に行って、放射能で亡くなった人が多いのですから。


> 僕個人としては、色んな意味でいい方向にいくのではないかという根拠のない確信

私も同じです。
原発に反対してても、今まで「変な人」扱いだったのに、
今ではそれがメジャーになってるんですもんね。

そういう意味で市民運動の力の無さを思い知ったりもしましたが、
皆が色々と考え、いろんな意見が出てきて活性化することが、
とてもよい状態だと思っておりますです。

原発に依存しないでもやっぱり大丈夫だったんだ!的なことになって欲しいですね。
来年には稼働する原発がほとんどなくなるんでしょうけど。

っていうか、菅総理の迷走が脱原発の起爆剤になってるのがいいっすね!!!
そういう意味で菅総理ステキ! でも早く辞めて!

No title

僕は広島生まれですから
被曝体験の話は何百回となく聞かされました。

誰一人、見知らぬ人にしゃべろうとはしませんが
銭湯に行けば、腕や背中のケロイドは当たり前だし
酒が入ると、誰もが少し饒舌になり、最後はいつも同じその話…

そして8月が近づけば、テレビもラジオも、その話題だし
学校でも、先輩や先生方の体験段…。

二次被曝の人も、周囲にたくさんいらっしゃいましたから
子供の頃から、よく知っていますが
むしろ、大阪にきてから
その大阪市民の「あまりの無知さ加減」に驚き
露骨な被爆者差別に驚きもし、
また情けない思いをしたのも事実でした。

世界で唯一の被爆国「日本」の3度目の被曝を経験した
というか「現在進行形」の今だからこそ
僕たちみんなは、<自分の知っている事>を話
その中から、今に役立つ話を見つけ
これからの役に立てる事が必要なのかも知れませんね

Re: No title

癌ダムさん

>誰一人、見知らぬ人にしゃべろうとはしませんが

広島の友達がいましたけど、やっぱりそんな話はしませんでした。
話してもなあ…って感じだったのかな?今思えば。
興味本位で聞いてるって思われたのかなあと少し悲しく思ってます。

> むしろ、大阪にきてから
> その大阪市民の「あまりの無知さ加減」に驚き
> 露骨な被爆者差別に驚きもし、
> また情けない思いをしたのも事実でした。

そうそう、大阪の人もあんまり知りませんよね。
というか、鳥取だって資料館に行ったことのある人なんて、そうそういません。
修学旅行は京都だし。

でも中学の頃夏休みに裸足のゲンを読むようにと担任から指令が出て、
皆読んでショックを受けていました。

わたしは父が貸本屋で借りてきたのを小学生の頃に読んでたので、
「なぜ今さら指令が…?」と思っていましたが、今思うと、
鳥取の中学生の無知を是正しようとしてたのかも。

>
> その中から、今に役立つ話を見つけ
> これからの役に立てる事が必要なのかも知れませんね

そうですよね。
仕事でも、同じミスを二度するのは怠慢。
振り返り、前に進む際には同じ間違いをしないことが大切です。
そのために「知ること」が必要なのですよね。

今日NHKで見た、ヒロシマアーカイブ
http://hiroshima.mapping.jp/

これを見ることから始めようかしらと思いました。

ナガサキアーカイブが先行していました。
http://nagasaki.mapping.jp/

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鍵コメさま

安心しました。
もっとヤバそうな話を聞いたこともありますが、自粛します(苦笑)
プロフィール

ほんたべ

Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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