誰もがしあわせになれる「おいしい」というものさし

名称未設定-1
むかーしこのイラスト書きながら思ったこと。
「桃太郎、桃のなかにどうやって入ってたんだろう?
タネのところに丸くなってたんかなあ」 絵を描いて気づくことって多いよね。



自然食品店の店長に聞いた話。

最近ね、レジって打ちこまないでバーコード読み取りでしょ?
あるお客さんがレジに持ってきた商品を
何気にバーコード読み取り機にかけたらね、そのお客さんが
「ぎゃああーーー何するんですかあ! わたしを殺す気ですか!」って
叫んだんだって。

驚いて目がまんまるくなる店長。取り乱すお客様。

よく聞いてみたら、バーコード-リーダーの赤外線が
健康に良くないと思ってらっしゃるお客様だったんだよね。だから、
「大変申し訳ありませんでした」って平謝りして、
商品を交換し、レジは手打ちにしましたとさ。

さて、このお話の教訓はなんでしょう。

人はそれぞれに「安全のものさし」があって、
それを評価することは誰にもできないけど、ときどきめんどくさい。
そんな感じかしら。

わたくしは、赤外線が食物にどのような影響を与えるか知らない。

知らないと言えば、食品添加物食べたらどうなるかとか、
内部被ばくが長期的にどんな影響を及ぼすかとか
そういうのも全然分からない。

すんごく気をつけてても、全く違う要因で、
体内にガン細胞は生まれるし、どこかで細胞が修復してくれないまま
増殖し始めてる可能性もある。何があってもおかしくない。
傷ついた細胞が修復できないのはたぶんに「運」も関係ある。

年を取れば肉体は老化する。

生きものならばしょうがない。いつまでも若々しくいたいと思っても、
10歳くらい若く見える、ってな感じが精いっぱいだろうし、
あまりにも若く見えるのも不気味だ。

だからあるがままでいいんだろうなあと思っている。
つまり「じねん」ですね。自分的自然農法である。違うか。

そうは言っても、食べものの安全性を担保するためにはものさしが必要だ。
「絶対に安全」はあり得ないが、
「一定程度の安全」のものさしは世の中にたくさんある。

国は法律で定めてるし、一部の流通も独自の基準を持ってたりする。

でも、このものさしだけで食べものをはかると、
大切なものが見えなくなることがある。

食べものを食べるってことは、本来は幸せな体験だ。
おいしいものを食べた時、自分のなかに喜びがあふれる。
命をいただいているのだと実感する。
めったに感じない感謝の気持ちがわき起こったりする。

でも数値などのきまりごとではかってしまうと、
おいしさがどこかに吹っ飛ぶことがある。
有機JAS取ってるけどおいしくない野菜や、
放射能の基準値以内でおいしいのに売れない野菜。
これらがいい例だ。

どちらも、とても不幸なことだ。
食べる人も作ってる人もしあわせになれない。

もちろん基準値がナンセンスだとかいう話ではない。

安全を担保するための基準は必要だが、その数値が独り歩きし、
この遵守が手段ではなく目的になってしまうと、こういう不幸が起こる。

わたくしは今、誰もがにっこり笑える
とてもわかりやすいものさしが「おいしさ」だと考えている。
おいしさには説得力があり、人を幸せにする力がある。

おいしいものを作る人は、そもそもがおいしいものが大好きで、
食べものはおいしくなきゃいけないと思ってる人が多い。
人さまが食べるものだから、きちんと作る責任があると言う人が多い。

そういう食べものを作るためには、技術だけでなく思想も必要だ。

味を良くするための手間を手間と思わず、
食べものの役割がちゃんとわかっていれば、
食べただけでしあわせになれるものが作れるだろう。

やっぱり「おいしいもの」が「ほんものの食べもの」だと思うわけ。
あいまいなものさしだけど大事なことじゃない?

最近ほんとにそう思ったりしておるのです。


★現在ブログランキング参加中です!
↓プキッとクリック、ご協力お願いいたします!



こちらもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 環境ブログ 有機・オーガニックへ
にほんブログ村
関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

「おいしさ」とは

以前にも少し書きましたけど、「おいしさ」も結構いい加減な基準のようにも思うんですよね。

生物としての人間の味覚自体は共通でも、文化などによっておいしいかおいしくないかかなり違いますよね。癖のあるものにその傾向が強いとは思いますが、特徴の薄いものについてもおいしいと思うか思わないか、かなり分かれますし。

結局、「おいしさ」も文化や習慣などによる「慣れ」「常習性・依存性」「麻痺」の影響が大きいような気がします。食品によってその度合いは違うにしろ。そして、砂糖や塩分どっぷりな加工食品も、そうした影響である程度の人は「おいしい」と思って食べているのでしょう。食品会社の開発者自身の感覚麻痺や、決定権のある経営陣が高齢で味覚が鈍ってるというのもあるでしょうけど。

加工前の食材に限定しても、大勢としてはクセの無い品種とかただ甘い品種とかにシフトしてきてますよね。

そのあたり、いかがですか?

賛成に一票

僕の「食事療法」レシピも
基本<おいしい>が価値基準です。

だって、いくらカラダに良くっても
不味かったら、誰も食べませんからね。

え~っと、↑ の方のご意見ですが
変な言い方ですが「誰かが教えてあげないから」そうなるので
美味しいものを知っている人は
それを廻りに教えてあげる義務があると思うんですね。

たとえば僕は、よく若い人を集めてパーティー等もやりますが
塩を振っただけのトマトや、蒸しただけの衣かつぎ
クジラも馬も鹿も、はじめて食べるのに
みんな「知らなかった」「美味しい!」「人生を損してた」と大満足。

何度か食べたり飲んだりしていると次第に
そうした「ジャンキーな食べ物」には見向きもしなくなっていきます
※まぁ味覚がイカレテル人は知りませんが(苦笑)

そうした意味では、ほんたべさんもチョコとソフトクリームに関しては
味覚がイカレテルのかも知れませんが、

あのたこ焼きシュークリーム
お取り寄せ通販でも購入できるみたいですよ。

和洋菓子司 虎屋本舗
http://www.tora-ya.co.jp/item/
http://www.tora-ya.co.jp/10003/index.html#s_07

調べてみたら、このたこ焼きシューの他にも
お好み焼きそっくりなマロンケーキとかチョコケーキ。
コロッケそっくりなレアチーズケーキとか
うな重そっくりのミルフィーユ
餃子に見立てたチョコ大福、オムライス仕立ての苺ムース
ざる蕎麦そっくりのモンブランなど
いろんなそっくりメニューを作ってるみたいですね。

僕のブログにも<追加>しておきましたが
よろしければ、ご利用ください。
次は「本店」に行ってくるぞ!っとか、僕もイカレテますね(笑)

Re: 「おいしさ」とは

H2さん、こんにちは。

> 以前にも少し書きましたけど、「おいしさ」も結構いい加減な基準のようにも思うんですよね。

食べもののものさしとして今目立つのは以下の2つだと考えてます。
まず「価格」。これは食べるものは安かえればいいというものさしで、シンプルでわかりやすいです。
次が「安全性」。有機JASの野菜しか食べないみたいな人から、安全性は気になるけど積極的に知識も持ってないし探してもいないという支離滅裂(安倍司さんの本に書いてありました)な人まで千差万別です。
さらに価格を主にはするけど次には安全性という人もいて、バッチリ2つには分類できないです。

わたしの言ってる「おいしい」は、ただ「おいしい」ではなくて、まず前提として「思想と技術のある人が作っている」ことが必要です。

だから作り手のことを知らなくてはならないです。
そういう人の作るものが「おいしいもの」=「ほんものの食べもの」だと考えています。

また、おいしいものを食べるには、食べ手の側にも知識と経験と技術が必要だと思います。
ジャンクフードの「おいしい」は、ジャンクフードの中のランク付けとしてはいいかもしれないけど、「ほんものの食べもの」とは言えないですよね。

「おいしい」はあいまいではあるけれども、ほんとうにおいしいものは誰もが納得する説得力があります。

わたしはそれを某D社の人参で知りました。

某D社でも下手な人の人参はおいしくありませんが、土づくりができてきて本当に上手な人の人参はおいしくて、誰が食べても「おいし~い」と言い感動すらされています。

今回のブログは、ただ「おいしい」だけをものさしにするのではなくて前提条件がたくさんあるのですが、そのあたりはさらっと書きました。
「そういうものさしもあるよなあ」となんとなく考えていただければいいなというのが目標だったです。

Re: 賛成に一票

癌ダムさん、こんにちは。

> だって、いくらカラダに良くっても
> 不味かったら、誰も食べませんからね。

そうなんですよね~。

無添加だからおいしくなくてもいいってのも違うし、
有機だからおいしくなくてもいいってのも違うと思います。


> 何度か食べたり飲んだりしていると次第に
> そうした「ジャンキーな食べ物」には見向きもしなくなっていきます

「食べる」ってことは自分の経験が積み上がることで、
よく考えてみると怖いことなんですよね。

その人がふだん食べてるもので、何を食べてきたかがある程度わかりますから、
サヴァランが言った言葉は真実なのだなあと思うわけです。

でも一か月で味覚って変わりますよね。
それは昨年のNON-GMOでほんとに実感しました。
誰でもひと月食べものに真面目に向き合うと、変わると思っています。

> そうした意味では、ほんたべさんもチョコとソフトクリームに関しては
> 味覚がイカレテルのかも知れませんが、
>

あ、もうイカれてますよ(笑)
そろそろ砂糖断ちが必要だと思い始めました。

去年せっかく砂糖断ちできたのに、またリバウンドしています(泣)
合わせてコーヒーの常習性も戻って来ましたから、
ほんっと、お砂糖とコーヒーって怖いっす。

> あのたこ焼きシュークリーム
> お取り寄せ通販でも購入できるみたいですよ。
> 僕のブログにも<追加>しておきましたが
> よろしければ、ご利用ください。


おおっ!ありがとうございます。
お取り寄せしてみようかな~。ああ、でも砂糖断ちが。。。。

コミュニケーションツール

はじめてコメントさせていただきます。

人は飢餓ベースで進化してきたから、甘いもの、高蛋白な食べ物には特別に目がないんでしょうね。その誘惑の強さがジャンクフードの魅力につながっているんじゃないでしょうか。
一方、ミネラルとかビタミンとか微妙な要素を含む食べ物をとるための味覚も基本的に用意されているはず、とも私は思っています。それは飢餓をのりこえるだけでなく、自身の健康を維持するためにも必要でしょうから。
そうした味覚は、主にその人の生きてきた履歴でもってつくられるものでしょうけれども、そのほとんどは親を含む人とのコミュニケーションで作られるように感じています。
で、逆にいえば食べ物はそのコミュニケーションを媒介するツール、だとも思うんですよね。びっくりするほどおいしい人参を味わったとすれば、それは作った人とか、もってきてくれた人との関わりがあったからですものね。
伝えたいことは成功することもあるし、失敗することもあるから、おいしさをわかってくれるうれしい時もあるし、逆の時もあるでしょう。そんなものかもしれません。しかし、そんな気持ちで人とかかわっていけば、味覚もより豊かな方向にいくのでは?と思っています。
味がわかるかわからないか、を突き詰めすぎると危険な匂いも感じちゃいますよね。

Re: コミュニケーションツール

rainfrogさん

こんにちは。遅レスですみません。
コメント欄がうまいこと入力できず、しばらく書き込めませんでしたのです。
コメントありがとうございます。

> 人は飢餓ベースで進化してきたから、甘いもの、高蛋白な食べ物には特別に目がないんでしょうね。その誘惑の強さがジャンクフードの魅力につながっているんじゃないでしょうか。

戦略的にそういった味を作り出していると言われますもんね。
その通りだと思います。


> そうした味覚は、主にその人の生きてきた履歴でもってつくられるものでしょうけれども、そのほとんどは親を含む人とのコミュニケーションで作られるように感じています。

この考え方、新鮮でした。
確かにそうかもしれません。


> 味がわかるかわからないか、を突き詰めすぎると危険な匂いも感じちゃいますよね。


何事もほどほどが肝心だと思います(笑)
プロフィール

ほんたべ

Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
リンク
FC2ブログランキング
FC2ブログランキング参加中

FC2Blog Ranking

フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR