ふじの物語―1人のりんごづくりの思い出から

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シナノゴールド。貯蔵性もよくメリハリのある濃い味が特徴の期待の品種。
最近店頭でもよく見かけます。



安曇野に行ってきました。

中生種のシナノゴールドがちょうど収穫真っ盛りのりんご畑。
その名の通り、畑が黄金色に染まり、年に一度の収穫期の美しさを誇っていました。

ふじもそろそろ赤くなってきて、あとは熟すのを待つばかり。
今では日本はおろか、世界中で栽培され、愛されている「ふじ」ですが
生まれたときには色づきの悪いりんごだったことをごぞんじでしょうか。

このふじと安曇野の一人の農家の物語を紹介したいと思います。

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化学肥料は使わず農薬はできるだけ少なく。昭和の時代、誰よりも先に低農薬栽培に取り組み、
りんご栽培に心血を注いだ人、故原今朝生さん。



安曇野には私が尊敬するお一人のりんご農家がいらっしゃいました。
2006年に山の事故でお亡くなりになり、もう5年になります。

故原今朝生さんがふじを自分の畑に植えたのは、
まだふじが「東北7号」という名だったころ。
期待の品種だった「東北7号」は、色づきの悪いりんごでした。

当時はりんごを3反作れば一年食べていけると言われていた時代。
ここからふじと原さんの物語は始まります。

原さんの畑で、ある時から、一枝だけ真っ赤に色づくふじが実るようになりました。
白いようなりんごの中で、ひとつの枝だけに真っ赤なりんごがなっているのです。

これは「枝変わり」と呼ばれる突然変異。
それまでの木の性質と多少性質の違う実がなる枝ができる、不思議な現象で、
桃やりんごでよく発生すると言われます。

今では枝変わりはあちこちのりんご畑で発見されていますが、
枝変わりという概念が全くなかった当時、原さんはこの枝を目ざとく見つけ育成し、
新しい「着色系」という系統のふじを作り出しました。

これが日本で一番最初に見つかった「ふじの着色系」。
品種カタログには「長ふ1」という名前で今でも載っています。


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ものすご~くわかりにくいのですが、上のりんごと下のりんごとでは色づきが違います。
上部のりんごが枝変わりで、べったりと紅色がつくりんごがなっています。わかりにくいですけど。
とってもきれいな色なので、残してみて性質を確かめているところ。
色がよくても柔らかくなりやすかったり、硬かったりなど、その他の性質も大事なのです。


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りんご全面にサビが出てしまっていますが、これが枝変わりの悪い例。
この枝になるりんごだけ、全てにものすごいサビが出て商品になりません。
枝変わりが出たからと言っても、全てがいいものになるわけではないのです。



今も昔も、りんごは赤くなければ売れないもの。
赤い色のふじは高く売れることもあり、全国に普及していきました。

その後も原さんの畑では、性質のいい枝変わりがいくつか発見されました。
その中のひとつ「長ふ12」は今、世界中のりんご畑で植えられているそうです。

長野県の一人のりんご農家の畑から見つかった一本の枝が、
世界中のりんご畑に植えられている…素敵な話です。

なぜ彼の畑からよく枝変わりが見つかったのか。息子の俊朗さんは言います。

「父の剪定方法は、徒長枝を残して伸ばしていく方法。
徒長枝ってのは突然変異を起こしやすい枝なんだよね。
だから枝変わりがたくさん出たんだよ」

徒長枝を残す剪定方法などりんご栽培ではほとんどされていなかった方法。

さらに枝変わりという概念もなかった当時、それを見つけて育成したことが功績だと
ある時、知り合いのりんご農家がしみじみと言ってました。

「原さんだからできたんだと思うよ」

新しい技術を思いつくとすぐ試す、その知的好奇心と観察力、粘り強さ、カン。
それらはこの後、長野県のワイ化栽培の普及にも、大きな役割を果たすことになりました。


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ワイ性台に継がれたりんごの木。とっても小さいので脚立は必要ありません。
あと2mくらい高くはなりますが、そんなに大きな仕立てにはしないで小作りの剪定をしていきます。
でかい木は剪定も収穫も、葉摘みも花つみも大変。脚立から落っこちたりするともっと大変。
後継者のいるりんご農家は、ほとんどワイ化に切り替えているようです。


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きょう木栽培と呼ばれる大きなりんごの木。この樹は60年生くらいで、かなり病気が入っています。
カメラのフレームに入りきらないこの大きさ。剪定も収穫作業も大変です。
ちなみにこの樹は「東北7号」。品種登録される前に売られていたふじの木なのですねえ。




昨今のりんご栽培では、りんごの樹を大木にしない「ワイ化栽培」が主流です。
りんごの樹を小さく作る台木を使い、りんごの木を小さく作ります。
このため農家は脚立に乗って作業することが減り、大幅な省力化につながります。

そのワイ化栽培で原さんは、短期間に収量を上げる技術を開発しました。

「苗木を植えて3年で1反4トンの収量を上げる」その方法は、
現代農業でも紹介されましたが、誰もが驚きました。

1反4トンというのは、普通の栽培とほとんど変わらない数字だからです。

ただひたすらにりんごの普及と作業の省力化に心血を注いだ原さん。
高い技術を持ちながら、それにおごらず自慢せず、控えめなのに大胆で、
誰も想像できないことをしては「どうだい?」と笑うような人でした。

普通のりんご農家ではなかなか手が出せない新品種も、気になったらすぐ作っていました。
巷で「期待の品種」と言われ始めるころには、原さんちでは普通になっている…
そんなことが何度もあり、その都度驚く私を見て、満足そうににっこり笑う
お茶目な人でもありました。

肩書もなにも必要なく、一人のりんごづくりとしての人生を選んだ…そんな感じでした。


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ひこばえから大きくなった原木ふじのこども(っていうかクローンというか)。
きょう木栽培の剪定をされて、これからどんどん大きくなります!って言ってるみたいです。



2003年、ふじの生まれ故郷青森県で、ふじの還暦のお祝いがありました。
原さんはその際に農林7号、ふじの原木のひこばえを持ち帰りました。

ワイ性台に継がず、そのままの性質を残してりんご畑に植えられたふじの原木。
きっと大きな木になることでしょう。
今年8年生のその木は、きれいな紅色の実をたくさんつけています。

「このふじにはどんな実がなるだろう。きっと色の悪い実がなるに違いない。
これからも、子や孫に大切に育ててもらえることを信じて」と言っていた原さん。
残念なことですが、このふじになったりんごを見ることはありませんでした。

今、その木は息子の俊朗さんが大切に育てています。

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思ったよりきれいな色がついている原木ふじの実。なんでこんな色なのか、
どういう具合に植えたのか、聞きたくてももう聞けません。ちゃんと聞いておけばよかった。



ふじというりんごは、現在日本で一番作られているりんご。
世界中で愛され、これからもずっとずっと栽培され続けていくりんごでしょう。

その輝かしい歴史の一端を担っていた一人のりんご農家を、私は知っていました。
ふじを見るたび、安曇野でりんご畑の風に吹かれるたびに、
その人の人生に、ほんの少しだけでしたが、関われて良かったなあと思います。

今年もそろそろ早いふじが店頭に並び始めます。
日本全国でふじを栽培しているりんご農家それぞれに、きっとふじの物語があると思います。

そんなことを思いながら食べてみるのもいいかもしれません。


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手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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