「顔の見える関係」=「商品に顔写真を貼ること」ではありません

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産地担当時代には年に4度ほど行っては呑んだくれ
親戚のおじさん以上に大切なひとになった故・原今朝生さん。
今わたくしがあるのはこの方のおかげです。というような
濃密な人間関係が某D社のいいところ。



昨今すっかり手垢にまみれた感のする言葉「顔の見える関係」

某D社で1万回ほどこの言葉を使ってきたこともあり、
昨今の手垢のまみれ度について少し悲しい思いをしたりしているわたくし。
まみれるのはまだしも、ミョーな使い方をされていることについて
さらに悲しい思いをしているわたくし。

というので「そもそも論」をちょっと展開してみた。

実は「顔が見える関係」という言葉は
1970年代に生まれた「有機農業運動用語」のひとつである。

「有機農業運動」とは、農薬と化学肥料に頼ったそれまでの慣行栽培に対し、
有機物を畑に還元し、農薬に頼らず、持続可能で環境負荷が少ない
農家にとっても(これ大事)消費者にとっても安全な農作物を
作り、流通し、消費するという市民運動で、1970年代に生まれた。

慣行栽培から有機に栽培を変更した農家は当時
「頭がおかしくなった」「変人」等と言われ、地域でつまはじきにされた。
有機農家が作る虫食いの野菜は農協では取り扱ってくれないし、
そもそも人と違うことをする農家を農協は許さない。

当時「つぶしてやる」等の剣呑な言葉を吐かれた人もいる。
もちろん農協には出荷できないから彼らはたちまち困った。
そういった農家を支えたのが、都市の消費者、女性たちである。

子どもたちに安全な野菜を食べさせたいと考えた彼女たちは
農家から直接野菜や米を購入し彼らが農業が継続できるよう買い支えた。
さらに年に数度農家の畑に行っては草取りなどを手伝った。

これを「産直提携」という。

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「援農」という形で農家のお手伝いをするなんてのは昨今では
農家に嫌がられることの方が多い。ってことで「体験イベント」を
企画しております。なぜ嫌がられるかはこちらをどうぞ。↓
「援農について思うこと」



このような交流を繰り返すことにより、誰が作ったかわからないものを、
見も知らない人が食べるという関係が、
知り合いが作ったものを知ってる人が食べるという関係に変わった。

ただ作るだけ、食べるだけではない関係、
これが「顔の見える関係」である。

えー、つまりですね。「生産者の顔が見えてる」だけじゃなくて
生産者にも「消費者の顔が見えてる」ってことが大事なわけ。
情報の行き来が双方向にあるってことなのよね。

しかしこのような濃密な関係を好まない消費者もいるし、
需要が増えてくるともう少し大きな規模の供給元が必要になってくる。
ということで某D社が生まれた(厳密に言うとちょっと違うけど)。

某D社は有機農業運動の申し子であったため、
消費者・生産者に代わって「顔の見える関係」を継続した。

日頃は紙媒体を通じて、その日届く野菜の情報を消費者に伝え、
年に数度、希望者を募って生産者の畑へ消費者を連れて行った。

夏休みの「産地交流ツアー」では農家のお家に泊めてもらったりした。
社員と消費者一家が生産者一家と夜通し語り合ったりするのだ。
こういうことを続けていると、いつの間にか
消費者にとって生産者は「親戚のおじさん」になってしまう。

今考えると農家の負担も大きいし、社員も消費者も大変で、
関係としては非常にウエットで暑苦しいが
当時はとても人気があった。そういう時代だったのかもしれない。

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産地担当時代に年に4回ほど行っては呑んだくれ、
完全に翌日の作業の邪魔をしてたわたくし。故・原志朗さんとは
会社を辞めてもずっとおともだち付き合いをさせてもらってた。
そういう濃密な人間関係がわたくしをウエットにしたのかも。



暑苦しいと言えば仕入れ担当も相当暑苦しい関係を築いていた。
畑に行って「これちょうだい」と作物を仕入れるだけではないのだ。

出張のたびに農家に泊まっては呑んだくれ、ああだこうだ夜通し語り合い、
知らなくてもいい生産者の非常に機微な情報を知ったりするし、
産地担当の彼女が変わったなんてことも生産者のほうが知ってたりする。

組織(某D社)と組織(個人事業主)のつきあいだが、
濃密な時間をいっしょに過ごすと個人的な信頼関係が生まれる。
どうかすると「親戚、あるいはおともだち」になってしまうのだ。

個人の信頼関係がその先にある組織へ、そして消費者へと繋がり
全体的に信頼関係を作ることになるから(なんちて。呑んだくれてた言い訳?)
某D社は生産者と消費者の仲介者として
「顔の見える関係」を継続し、より良い形をつくったのだった。

わたくしが入社したときはまだこういった濃密な関係、
ウエットな人間関係が生産者、消費者ともにバリバリに生きており、
そもそもドライな性格なのでこれがビミョーにうっとうしかった。

ドライでスマートな関係を生産者にも消費者にも築いていて
ロゴもトラックもとってもオシャレな某R社がうらやましかったものである。
しかし今では自分が一番ウエットな気がしたりするわたくし。
ううううう。いつの間にそんなヤツに。年かしら。

というような歴史ある言葉「顔の見える関係」だが、
昨今は「作り手の顔が見える」ことに重きを置かれており、
「消費者の顔が見える」という部分は失われたようだ。

どころか「顔が見える」=「顔写真を貼付する」という新解釈が
直売所、道の駅、大手スーパー界隈で実践されている。

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野菜やくだものの販売促進を行う場合、写真は「モノ」より「人」。
モノがどんなに美しくてもおいしそうでも、作り手の顔の説得力には
かなわないはずなんだけど、昨今はそうでもないらしい。
シズル感溢れる野菜の写真がないのでこんなのですんません。



にこやかに笑う人の良さそうなじいさんの写真がついた野菜を見るたび
「これは顔が見える関係とは違うんだけどなー」と思うわたくし。
写真がついてるだけで「有機」と思い込む消費者もいて
混乱の度合いはますます大きくなっていくようだ。

「JAや市場に出してるだけじゃ消費者と話す機会なんてないからさ、
自分が作った野菜を食べてる人と話せるなんて、すごい刺激だよね。
消費者からおいしかったって手紙が来るんだよって、
JAに出荷してる友だちに言ったらビックリしてたよ。
某D社と取引してほんとに良かったよ」

担当産地時代、若い農業後継者にしみじみと言われたことがある。

知ってる人のために作るのと、そうじゃないのとでは
たぶん「ナニカ」が変わるのだ。
知ってる人の野菜が届くのと、そうじゃないのとでは
食べる姿勢が変わるのと同じだ。

どちらも人間だからそういった情緒的な影響は大きい。

なんて思うのだが、昨今この「顔の見える関係」を表現できている流通は
紙媒体では某P社、WEBでは某O社の独壇場であり、
老舗の2社は息も絶え絶えという感じである。

「顔の見える関係」は言葉だけ残って昔話となり、
この後は「産直提携」に先祖返りするのかもしれないなあとか思う
ビミョーに寂しい今日このごろである。



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ほんたべ

Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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