野生動物と日本人-おばあさんは山へ鹿撃ちに

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鳥取名物夏の岩ガキ。おいしかったなー。
夏の鳥取はんまいもんがいっぱいなのです。



鳥取に帰省しておりました。

友人の田んぼを見に行ったら電柵が設置してありましたよ。
どこもかしこも大変だなと思ったです。

早く銃の免許を取らなくては!!! なんちて思いつつ、
試験は9月中旬だし今覚えてもたぶん忘れるしで
全く勉強してないけど来週からやろうっと(夏休みの宿題状態)。

さて、日本人は仏教的禁忌もあり古来「肉食」をしていなかった
と考えている人が多いが、わたくしもそうである。学校でもそう習った。
「殺生」という言葉がちらつくのはわたくしが仏教徒だからであろう。

しかし果たしてそうかな?
もうじき自力で鹿を撃って食べることもあり、疑問に思ったので調べてみた。

わたくしは鳥取の下町の生まれである。
江戸時代の城下町であるわたくしの町には田んぼも畑もない。

うなぎの寝床みたいなながーい敷地にみっちり詰まった住宅、という
城下町独特の古い町並みのなかで育ったわたくしは、
まっくろになるまで外を駆け巡って遊んでいたが農業とは無縁であった。

もちろん、野生獣肉など食べたこともない。
20歳のときに大阪のバイト先で鹿を食べたのが牛豚鶏以外では初めてである。

西日本では肉といえば牛肉で、豚肉は貧乏な時に食べるものだが、
日本一貧乏な県の鳥取でもこれは同じで、肉といえば牛肉であった。
しかし最近になって農村部ではウサギや鹿、猪を食べていたと知った。

あ。そうか。そういう肉も「肉食」に含まれるんじゃん!
もしかしたらわたくしの「肉」の捉え方が違っていたのでは? と考えた。
現代の日本人が考える「肉」は、おそらく牛豚鶏である。だから、
肉=牛豚鶏=昔は食べてなかったとつい思ってしまうのではなかろうか。

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主に西日本によく見られるというしし垣。これは長野県のもの。
畑やたんぼのまわりに石垣を作り、野生動物を入れないようにした
今でいう「電柵」のようなもの。昔から獣害はあったのよね。



実は最初に肉食が禁止されたのは675年だ。

禁止された肉もちゃんと決まっていて、牛・馬・犬・猿・鶏だった。
(牛馬はわかるが、猿は食べないよなあと思うのは現代人だからか)

675年、天武天皇によって出された勅令は以下のようなものだった。
「庚寅詔諸國曰 自今以後 制諸漁獵者 莫造檻 及施機槍等類
亦四月朔以後 九月三十日以前 莫置比滿沙伎理梁
且莫食牛 馬 犬 猿 鶏之肉 以外不在禁例 若有犯者罪之」

牛馬だけでなく猟のやり方とかも書いてあるらしいがそれは置いといて、
食べてはいけない期間は4月1日から9月30日までである。
これってさあ。田植えから稲刈りまでだよね。牛馬は使役に使うからだろうが、
猿の理由は不明だ。食うのか。あんなに人間に似てるものを。

この禁止期間内でも鹿猪その他は食べてもかまわない。
10月1日からは上記の禁止獣肉、もちろん猿も食べていいのだった。

そんなら食べてたんじゃない? と素直に思うわたくし。
だっておなか減るじゃん。牛馬は使役動物だし金かかるから食べないにしても、
野生動物は獲れれば食べるでしょう。お腹がすいたら狩るでしょう。

なんてこともあり、肉の禁止令は以後も非常にしばしば出されている。
主にやんごとない上流階級がやれ病気になっただ呪いだと禁忌としたが、
一般庶民、農民はあまり守っていなかったようだ。

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猪と言えばぼたん鍋なんだろうけど、焼いただけでもうまいよね。
日本に肉の加工品ができなかったのは、大動物の家畜がいないことと
屠畜の際の内臓の扱いに起因するんじゃないかなあと
最近ふと気がついた。



徳川綱吉公の時代、天武天皇が禁止してから1000年弱後の禁止令は
「殺生をしない」という仏教的な側面が非常に強くなっているが、
やっぱり庶民・農民は厳密には守っていなかったようだ。

綱吉公は農家が米麦などの基幹作物より高く売れる初物を栽培するので
「野菜初物禁止令」なんていうおふれも出している。
これだって全然守られず、何度も何度も出されている。

建前上守ってますと言いながら、ちっとも守ろうとしていない
したたかな農民の姿が想像できて楽しい。そうこなくっちゃ、日本の庶民!

江戸時代後期には「ももんじ屋」という肉を食べさせる店ができて、
「薬食い」って言っちゃえばOK! 肉の名前を変えちゃえばOK! 
猪は山鯨、鹿はもみじだから肉じゃないし建前上食べてませんよ的な
うっちゃり感が漂っているが、どんな料理で食べさせていたのだろう。

明治時代になり、明治天皇が「肉食べました」とおっしゃるまで、
天武天皇の勅令以来、日本は建前上肉食が禁止されていた。
あくまで建前上ってところがミソなのだった。

この建前が公に取り払われた後、毛皮や皮などの資源需要と合わせ、
野生動物がバンバン狩られることになる。
ここでニホンカワウソやニホンオオカミが絶滅し、
戦後はニホンジカすらもあわや絶滅危惧種になりかけたほどだ。

これが「狩猟圧」と呼ばれるものだ。当時は全然計画的ではなく、
昭和38年に鳥獣保護法が施行されるまで野放しだったが、
結果的に野生動物の個体調整が行われていたと考えられている。

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ニホンジカはメスの狩猟が禁止されていた時期があり、
個体数の確認もしないでそういう場当たり政策をとったため
爆発的に増加したという悲しい事実があります。



しかし安い牛豚鶏肉がゲットできるようになると、
誰も野生獣肉を食べなくなった。ここ数十年で猟師もどんどん減ってきた。

「ムダな殺生をしなくとも」なんて考えてしまうのは
日本人の生活レベルがあがり、民度が高まったからとも言えるが、
自らの手を汚さずともおいしい肉が食える=殺生の実感を持たずにすむ。
という側面があることは否めない。

天武天皇の勅令以降一般庶民にちっとも守られなかった肉食禁止令が
野生動物ってところでようやく功を奏したと言えるのではあるまいか。

ほぼ1500年かけて「殺生」という概念が一般庶民に定着したのだすばらしい。

でもそれはまあ、単に「命を奪うところ」が見えなくなってるだけだよね。
日々の殺戮を意識しないぶん、根が深い気がするけどどうだろうか。


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Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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