たまには「死」について考えてみよう

健康寿命
平均寿命が伸びている理由は乳児の死亡率及び感染症(結核とか)の
死亡率が下がったこと&日本人の栄養状態が良くなったことですが、
医療の進歩にともない、日本人はどんどん死ねなくなっており、
健康ではない寿命がやたらと伸びる的な状態になっております



30代後半のある日、おなかが痛くて軽い気持ちで婦人科に行ったら、
「卵巣が腫れてますね。もしかしたらチョコレート嚢腫かも」と言われた。
さらにその医師はかるーい感じで「MRI取ってみましょうね。
ひょっとするとがんかもしれないから。でも大丈夫、取っちゃえば」と言った。

まず「がん」次に「取っちゃえば」で衝撃を受けたわたくしは、
待合室でMRIの順番を待つ間、途方に暮れてちょびっと涙が出た。

ちょうどそのとき部署の異動があり、新しい仕事にワクワクしてたわたくしは、
卵巣を取る=場合によっては子宮も取る=ホルモンバランスの異常、
さらに言うと抗がん剤による脱毛、長期休暇、副作用、さらに転移など
がんだった場合に起こることがあれこれ想像できてめっちゃ凹んだ。

涙が出たのは上記もろもろの事態になった場合
「自分はどうなるのか、どうすべきか」という不安によるものだ。

MRIの結果は子宮筋腫及び卵巣嚢腫(の疑い)でよくわからなかった。
しかし医師はチョコレート嚢腫がどのように変化して怖いことになるか、という
紙の資料を見せながら「卵巣取っちゃってもいいんじゃないですかねー。
卵巣嚢腫、ねじれると大変ですよ、痛いですよ」と言った。

2個あるから1個取ってもいいんじゃない? 的な診断に
恐れをなしたわたくしはそこには二度と行かなかった。
後日別の病院で子宮筋腫だけ取り出したが(その後すぐにまたできた)
卵巣はねじれず、一度も痛くならずに現在に至る。

「卵巣がんかもね」と軽く言われたときにわたくしは初めて
自分の身近に「死」を感じ、すこーしだけ死について考えた。
「自分がいなくなる」という想像しかできず、だからなんなんだという気もした。

それから十数年が経った今でも「死」が身近になったかというと、
あいかわらず遠い存在で、だからなんなんだって感じでふだんは全く考えない。

これは、死んだらどうなるかわからないからだろう。
人は必ず死ぬが、死ぬときどうだったかなんてレポートはどこにもない。
「死に方」は考えられるけど「死」について考えるのはむずかしい。

なので、死の前にある(であろう)病気についてはしょっちゅう考えていて、
ぜったいになりたくない糖尿病、脳梗塞、認知症、骨粗鬆症などの
なりたくない病気ランキングをつくって準備万端である(なんの?)。

cate1_161128210903.jpg
なりたくない病気ランキングをつくっているときに書いたので、
微妙に糖尿病とか血糖値とかについての記載が多くなっています。
2型糖尿病にだけはぜったいにならないようにしたいです。



ということで、わたくしは自分にとっていい死に方は何かなーと
ずーっと考えていたのだが、最近「これだ!」というものを見つけた。
「75歳を過ぎたら積極的な延命治療は行わない」というものである。

これは『医学の勝利が国家を滅ぼす』(里見清一著・新潮新書)
紹介されていた、米国のお医者さんエゼキエル・エマニエル先生の
「なぜ私は75歳で死にたいのか」というエッセイによるものだ。

人にもよるがだいたい人間は75歳を過ぎると生産性が著しく下がる。
日本人の平均寿命は女性の場合で87歳だが、健康寿命は75歳だ(2016年)。
つまり健康でいられるのは統計上は75歳とも言える。

その75歳になったら「すべての延命治療を拒否する」と
エゼキエル・エマニエル先生は言っているのだ。

「延命治療」とはどういうことかというと、里見清一さんによると、
例えばがんの場合放射線や抗がん剤などの治療を行わないということである。
放射線も抗がん剤もがんの進行を多少なりとも抑え込み、
寿命を延ばすために行われるから「延命治療」なのらしい。

しかし「対症療法」は行う。対症療法とは目の前の症状を
緩和するもの、つまり疼痛の管理などである。

具体的に言うと、75歳過ぎてがんになったら、がんが転移したり
進行したりするのはそのままにしておいて積極的な治療は行わず、
痛みのコントロールはきちんと行いQOLを保持して死に向かう、
というような感じだろうか。

死に方としてはなかなかいいでしょう。
高額な医療(※)を使わないという点で人さま(とくに若いもん)の役に立つ。

抗がん剤などの激烈で肉体的な負荷が伴う治療をせずに、
痛みや不安をちゃんと取ってもらえれば、とくに自分的には問題はない。
という気がする。つーかほんとになってみないとわからないけどね。

今はまだ過渡期にある終末期医療(※1)もあと20年もすれば今よりは進むはずだ。
というか、年寄りが増えるのだから進まざるを得ない気がするがどうかな。

50歳を過ぎるとからだのあちこちが急激に劣化してきて、
努力をしないとなかなか健康は維持できない。
努力とは「ふくらはぎを揉む」とかではなく、きちんと食べ、
定期的に運動し、大酒を飲まずたばこを吸わない、というようなことである。

それでも老眼は進み、コラーゲンが減少してあちこちがたるんでくるし
関節がギクシャク言い始める。速度を遅らせることはできても止めることはできない。

人は等しく老い、病になり、死ぬ。

であれば、自分がそうなったとき、どのようにしたいのか、
死が遠くにあるように思える今、考えることが必要なのではあるまいか。

37歳のときのわたくしは途方にくれて呆然とするだけだったが、
今も同じでは年を取った意味がないよなあ、なんて思っているのです。
50を過ぎたらみなさまもぜひ考えてみてはいかがでしょう。

※ 高額な医療 悪性黒色腫や肺がんに効果があるオプジーボという抗がん剤は、
ひとりの肺がん患者に一年間使うと薬価が3500万円になるが、高額医療費制度で
患者負担は少なくて済む。んだけどこれを大量の肺がん患者に使うと
国民皆保険が破綻しかねない。ってことで年齢で制限するなどの案も出たらしいが、
とりあえず昨年薬価を下げることになった。詳細は里見清一氏の著書をどうぞ。

※1 終末期医療 死が避けられない病気の患者や家族に、
痛みや苦しみを和らげることを目的とするケアのこと。
従来の「とにかく生かす」的な延命措置ではなく、痛みの緩和などを主に
ホスピスや緩和ケア病棟などで行われている。昨今では自宅での看取りを
どうするかみたいなのがわりと話題になっているが日本ではまだまだという印象。



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ほんたべ

Author:ほんたべ
手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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