日本の山にオオカミが戻ってきたら?

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わたくしが猪・鹿の害を認識したのは2000年である。
産地周り部署に移動して初めて野生動物の被害があることを知った。

電気が通った柵(以後電柵)を見て「なにこれ?」と聞いたのは
たぶん山梨の山のなかのすももかぶどう産地だったと思う。

「猪が木に登って食べちゃうんだよね」と聞き、
「山の中の畑は大変だわー」と思った。
当時はまだ山に近い平地では被害が出ていなかった。

今考えると当時は農業被害額が200億円にもなる、なんてことは
全く想像していなかった。誰か想像していた人はいたのだろうか。

その後数年で電柵は行く産地行く産地そこら中に設置されまくり、
どこでもかしこでも猪・鹿が出て作物を食い荒らし始めた。
山間の果樹産地だけではなく山に近い平地の畑作でも、である。

そしてわたくしがそれらの猪・鹿害はオオカミを再導入すればなくなる、
という話を聞いたのも2000年くらいだった。
同僚というか、産地の引き継ぎをした前の担当が、
日本オオカミ協会に所属していたからだ。

大地を守る会って懐が深いというか、ミョーな人が多いというか
今さらだけどしみじみいい会社だよなあ。ということで、
わたくしは猪・鹿被害とオオカミ再導入の話をほぼ同時に知った。

生態系の頂点にいたオオカミを再導入すれば鹿も猪も減る、という考えは、
失われたパズルのピースをカチリとはめるのと同じで、
非常に正しく、そして美しい夢に思えた。

アメリカではすでにイエローストーン国立公園にオオカミを再導入し
エルクが減りハイイログマやキツネ、ビーバーなどが増え、
水辺の植物相が変化し、生物多様性が豊かになっていた。
つまりオオカミ再導入の成功例は、すでに目の前にあった。

なーんだ。では日本でもやればいいのに。なんでやらないのか。
しかし日本では検討すらされていないようだった。
どこかの大学の教授に話したら鼻で笑われたことを覚えている。

検討されない理由は何か。

すぐに思いつくのは「オオカミが何かしたとき誰が責任を取るのか」
という問題で、例えば人を襲ったとき、家畜を襲ったときの責任を
誰も、というか導入の決定は国だから、国が「取りたくない」というのは
容易に想像できる。また「オオカミコワイ」で反対する人もいる。

ハンターもオオカミ再導入でハンターの取り分が減るから反対する。
とくにお年寄りからそういう意見を以前何度か聞いた。

ニホンオオカミ絶滅後100年間で畜産業は大きく躍進し、
現在では山に放牧している家畜(牛や羊)がいる。ということで、
一番の被害を受けるのは牧場で家畜を飼っている人々だと思うが、
この人たちには直接話を聞いたことがないからよくわからない。

イエローストーンでも家畜被害が予測されていて、
実際に被害も出ているようだがきちんと金銭的な補償制度がある。

被害が金額に換算できる場合は説得もしやすいだろうが、
なんとなくコワイとか、もし人を襲ったらという恐怖は解決できない。
どんなに「安全」だと言っても「安心」しない人は安心しない。
このあたりは如何ともしがたいのだった。

さて、オオカミと言えばメジャーな悪役としては『赤ずきんちゃん』、
さらにもうちょっとコワイ『狼男』があるが、どちらも西洋の物語で、
日本人にはオオカミに対する根源的な恐怖はないように思えるのだが、
なぜコワイのだろう。

この恐怖は赤ずきんちゃん以降この100年間に培われたのだろうか。
なんちて少し不思議な気がするわたくし。

日本にはヒグマやツキノワグマという猛獣もいるのに、
また、牙を持ち人を襲う猪も猛獣に違いないのに、
オオカミはそれ以上の存在とみなが考えているのだった。

100年にわたるオオカミの不在期間中、わたくしたちは
それを前提に社会をつくり上げ、平穏に暮らしていたが、
知らない間に猪・鹿が増え、税金を130億円かけて駆除を行っている。

現在ではハンターがオオカミの代わりに猪・鹿を殺戮しているが、
ハンターはオオカミの代わりにはなれない。

ハンターはガサゴソと音を立てて歩く騒々しい動物で
何か飛び道具を使ってくるが、使えない場所があったり、
そういうことができない時期があることを猪・鹿は知っている。

しかし、オオカミなら猪・鹿を常時緊張させることができる。
オオカミは弱い個体を間引きし、群れを健全に保つこともする。

猟期や駆除でしか山に入らないハンターにはそのようなことはできないが、
できることをやるしかない。今はオオカミがいないのだから。
なんて思いつつ野生動物管理の補助金額130億円(税金)を見て
オオカミ一頭導入する金額っていくらなのかなーとか思う今日このごろ。

ということで、オオカミが日本の山に戻ってきたら。
 
コワイとかうれしいとか鹿が減れば助かるとか絶対ヤだとか、
鹿が減ると狩猟がつまんないからヤだ、とか、
なんとなくみんなが考えてみてはどうでしょう。

まずは考えるところから。

参考文献
『捕食者なき世界』 (ウィリアム・ソウルゼンバーグ 著/野中香方子 訳)


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手島奈緒
おいしい食べものをつくる人を紹介したり応援したりしております。ブログをまとめた著書『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』(雷鳥社)『まだまだあった! 知らずに食べてる体を壊す食品』(アスコム)『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)など。現在ハンター修行中。

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